「この道の先には、あなたにとっての輝かしい未来が待っています」
俺は力を込めてそう言い放ち、ニコリと微笑む。
そうすると、俺の前にいた若者がぱっと明るい笑顔を浮かべ、躊躇っていた足を進ませて前方へと去って行った。
この流れを、毎日延々と繰り返す。
それが、今の俺の仕事だった。
何も知らない無垢な輩を、この道の先に進ませる。この道の先に何があるのかなんて、全くもって知らないのだけれど、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだった。
ただ与えられた仕事をこなし、給料を貰う。
それだけできれば、あとは誰がどうなろうが興味もない。
そんなことを考えていたら次の奴が来た。そいつは長い裾のコートを羽織り、フードを目深に被っていて顔が見えない。男なのか女なのか、はたまた若者なのか老人なのか、何も判断がつかないけれど、俺は気にせずにすっかり慣れきってしまった口上を述べる。
「この道の先には、あなたにとっての輝かしい未来が待っています」
言ったあとはいつだって、不安に覆われていた目の前の人物の表情がいくらか晴れる。そうして躊躇していた足を進ませていくのがお決まりの流れ。現在俺の前にいるこいつの顔は、暗く翳って隠れているが、それでも変わらずそのまま道の先へと進んでいくものだろうと、その時までの俺はそう思っていたのだけれど。
「・・・・・・輝かしい未来?」
そいつはいっこうに足を動かさない。それどころか、予想外にこちらへ話し掛けてきた。
「本当にそんなものが、待っているんですか?」
「・・・・・・ええ、もちろんですよ。何も不安がらず、どうぞお進みください」
愛憎のいい笑顔を浮かべた裏で、こいつは面倒臭いなと俺は舌打ちをする。
さっさと進めばいいものを。どうせここを通る奴らに、進む以外の選択肢などありはしないのだから。
俺は半ばぞんざいにそいつへ前進を促した。そいつはコートのポケットへ徐に手を入れると、影になった表情を俺の方へと向ける。
「そんなもの、どこにもありませんでしたよ」
次の瞬間、ズドンっ、と重い音が鳴り響いた。
驚く間もなく、俺の胸に焼け付くような熱さが、一気に広がっていく。
「・・・・・・お、まえ・・・・・・っ!」
俺は胸元を抑え、数歩退いた。そいつの右手からは硝煙をのぼらせる黒い銃口が伸びていた。
「あなたは、無責任だ」
ごぼり、と俺は血を吐いた。後ろへよろけて背中から地面に倒れ込む。
「そして、無関心だ」
銃口を突き付けるそいつが、倒れた俺を見下ろすようにして立っている。
「無責任と無関心は、時に誰かを殺します」
夥しい量の血液が胸から溢れてくる。俺は霞む視界と意識の中であいつの低い声を聞いた。
「この道の先に誰かを歩ませたいなら、まずはあなたが前を行くべきです」
銃口は未だ俺の方を向いていた。カチリという不穏な音が俺の耳に響く。
「未来を語れるのは、未来を作ったことがある人だけですから」
ズドンっと激しい銃声が一発鳴った。
放たれた二発目の銃弾が俺の胸をさらに抉るが、その時の俺はもう、完全に息を引き取っていた。
【この道の先に】
7/4/2023, 4:23:41 AM