七星

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『虹のはじまりを探して』

「君は、虹の始まりを探したことがあるか?」

目の前に座っている自称、祓い屋は僕に人差し指を突きつけ、鋭く言った。突然のことに、僕は文字通りぽかんと口を開け、祓い屋を見た。

「意図的に路地の突き当たりに迷い込んだことはあるか? 誰も近寄らない森の中の廃屋を探険したことは? 当たらないとわかっている占い師の言うことに盲目的に従ってみたことは? 若しくは……」

「ああ……もうやめて下さい!」
延々と続く、わけのわからない問いかけに痺れを切らした僕は、思わず大声で叫んだ。先ほどから頭の奥が、石でも詰め込まれたように重く、微かな熱を持っている。

「あなたは一体、何が言いたいんですか? 僕が冒険心を失っているとでも指摘するつもりですか?」

祓い屋は、整った顔で僕を見返すと、形のよい唇の右端だけを器用に歪め、ふん、と鼻で笑った。僕よりずっと年下のくせに。馬鹿にされたように感じた僕は、迫り上がってくる怒りをどうにか堪え、冷静を装って対話を再開した。

「依頼を受けて下さらないというのなら、僕はこれで失礼します。記憶の混乱については、専門家の診断を受けるということで……」

「待て」
僕が立ち上がろうとするのを、祓い屋は制した。やや潤んだ真っ黒な双眸が、直線的な光を放ちながら僕を捉えている。

「話はまだ終わっていない。さっきの言葉は、君が脇道に逸れる余裕を失っているという、単なる比喩だ。真っ直ぐに進みすぎる人間は、脇道に逸れてばかりの人間と同じくらい、魔の領域に囚われやすいものだからな」

「僕が、魔の領域に?」
「君も本当は気づいているはずだ。消えた彼女の記憶、思い出せない名前、壊れた鳥かご、そして耳にこびりついた母親の声。これらは全て、魔の領域に関連しているんだ。このまま事が進めば、いずれ君も魔の領域に吸収されてしまう」

名前を思い出せない彼女の声が、急に耳に蘇った。僕はゆっくりと、その声を味わう。涼しげで、しかし決して冷たくはない彼女の声を。

「本多徹。私と一緒に、虹の始まりを探してみないか?」

僕の名前を呼び捨てにして、祓い屋は無邪気に笑った。きっと、これが祓い屋の本来の顔なのだろう。何しろ、今目の前で僕の依頼に応えようとしてくれているのは、ブレザーの制服を着た女子高校生なのだから。

「依頼を受けて下さるんですか?」
僕が尋ねると、祓い屋は笑顔を仕舞い込んだように、真面目な顔になった。

「死んだ両親の教えだ。困っている人間には必ず手を貸す。それが私、権藤美影の信念でもある」

権藤美影は、背中まである長い黒髪をさらりと揺らして立ち上がり、僕が座るソファを回り込んで、足早に部屋のドアへと向かった。

「行くぞ。早くしないと、虹はすぐに消えてしまう。まずは虹の根本を捕まえるんだ」

急かされるように、僕も部屋を出る。権藤美影の綺麗な髪が、花のような香りを撒き散らしながら、前へ前へと進んでいた。

7/28/2025, 12:01:52 PM