静寂に包まれた部屋
この部屋は静寂に包まれている。私をこの部屋に閉じ込めた男がそう言った。最初は単なる防音室かと思ったが違った。間違いなくこの部屋は静寂に包まれている。たとえばうるさく足音を立ててみよう。その音はキャンセルされたように聞こえない。手を叩く。その音も聞こえない。叫んでみる。全く音はない。
このマジックの種はおそらく音を逆の音でかき消している。私の耳が聞こえなくなったという可能性は否定しきれないが、私は手首を耳に押し付けて私の血流を聞き、私の耳はまだ健全だと自信を持てた。この部屋の音がすべてかき消されているわけではない。
この部屋の明かりは明る過ぎずむしろほんのりと暗い。空調はほとんど感じられないが暑くも寒くもない。非常に快適で、ソファーにはクッションも毛布もあり、うかうかしてると眠りそうだ。
だがここで眠ったら私をこの部屋に閉じ込めた男の思うままになる。私はあの男の思うままになどなりたくはない。私は絶対にあの男の女にはならない。あいつの支配下にはおかれたくない。私は完璧な無音が支配する部屋でごく静かに自分の鼓動を確かめ続ける。私は眠らず狂わず、あの男がやってきたとき、その優しく見える手を拒みたいのだ。
※※※※
あえて書いておきます。音を音でキャンセルする話の元ネタはアーサー・C・クラークの白鹿亭奇譚「みなさんお静かに!」です。あれもまあ女性に振られた男の話なんですが。
9/29/2024, 10:52:29 AM