【好きな本】
小さい頃、僕は病気で耳が聞こえなくなった。
それは突然の事で、さっきまで騒いでいた友達の声も、それを注意する先生の声も、五月蝿いぐらいに鳴いていたセミの声も、全部全部聞こえなくなった。
視界は、匂いは、味は、感触は、ある。
なのに聞こえない。
そんな状況がひたすら怖くて僕は泣いてしまった。
異変を察知した先生たちによって僕は早退することになり、母と一緒に病院へ。
そのまま僕は入院することになった。
手術しないといけないと言われ、僕は不安の海に溺れた。
でも、母や父、友達の前ではそんな不安を顔に出せる訳もなく、ヘラヘラと「余裕だよ」と笑って見せ、面会時間を過ぎてからは1人でひたすら泣く日々が続いた。
手術前日。
ある看護師さんから1冊の本を渡された。
表紙には「勇者コウの冒険記」というタイトルと僕によく似た男の子のイラスト。
「コウスケ君のためだけに描いていたんだ、皆には内緒だぞー?」と言う看護師さん。
「僕の、僕だけの本…!!」
内容は王道の冒険モノで主人公は耳が不自由な男の子「コウ」。
ある日、コウは森の奥に封印されていた剣を引き抜いてしまったことで勇者に選ばれた。
そんな勇者コウが世界を支配する悪いドラゴンを倒すために旅の途中で出会う仲間と共に世界を冒険する…ってストーリー。
色々あって手元にはもう無いが、この本のお陰で元気を貰えたのは、救われたのは確かだ。
名前も知らない看護師さんが描いた、たった1冊の本。
未だにどんな有名著者の書いた本より僕は大好きで、15年以上経った今でもずっと心に残っている。
こんなことがキッカケで僕は「作家」を夢見た。
色んな小説投稿サイトで、色んな名前で、色んなジャンルで書いてきた。
頑張って書きあげて投稿した話も心無い人の声が突き刺さっては自分の文才の無さに絶望し、何度も筆を折ろうとした。
でも、それでも筆を折らなかったのは少なからず、どの投稿サイトでも読んでくれる人がいたから。
そういう人たちは毎日から2,3日に1回、週1回、月1回…と更新頻度が下がっても必ず読んでくれた。
イイネや優しいコメントをくれた。
僕に、世界を描く理由をくれた。
だから僕は今日も誰かのための文を綴る。
いつか自分の綴った文章が誰かのためになると信じて。
6/15/2024, 11:36:56 AM