紅黒零茜

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「大切なもの」

“ありがとう、僕にこの感情を教えてくれて”
“そしてさようなら。この感情を教えてくれたあなたにだけは……同じ苦しみを味わって欲しくないから”
……いつだって、悪夢のように繰り返されるこの光景は、私の思考を埋め尽くさんとばかりに深く、重く、冷たくて……

薄暗い部屋、月明かりに照らされて──鋭い光を反射する刃は、確かに彼女の喉元に触れる寸前だった
「なにっ……やって!?」
その光景を目の当たりにした俺は、彼女の手からナイフを叩き落とそうとして……
「あれ、キミが今日私の部屋に来る用事……あったっけ?」
まるで何事も無いかのように、俺に問いかけてくる
「アンタが呼んだんでしょ?今日の報告に来いって。あー……えぇと……手元のソレ、誰が見ても勘違いしそうになるような事、しないでもらえます?」
「そう、だったっけ……?ん、手元?……あ」
俺に指摘されて気づいたのか、握っていたナイフをケースへと仕舞う。
「ごめんごめん、紛らわしかったね。ちょっと思い出す事があってさ」
「ナイフを見て??」
ふふっ、と彼女は笑うと愛おしそうにナイフを撫でた
「昔にね、戦友がくれたんだ。もし私の大切なものが擦り切れそうになったら、私が私じゃなくなりそうになったらこれで心の臓を突き刺せってね」
「なんて物騒な……」
「でもこれは私の大切なものだよ。たとえ間違えても、ギリギリ取り返しがつくかもしれないから……」
そう言う彼女の瞳は、暗くて冷え切っていた
なんだかそのまま、彼女がいなくなってしまいそうで
「はぁ……そうさせないために、俺がいるって事……忘れないでよ?」
ナイフを撫でる彼女の手に自分の手を重ねた
そんな自分の行動に驚いた顔の彼女は
「……キミってそんなロマンチックな事、素面で言えるキャラだったっけ?」
いつも通りの彼女だった

4/2/2024, 12:57:53 PM