魔が差すって、あるでしょ?
いつもは人通りがあるのに何故か誰もいない。
いつもはあのアパートのどこかの窓が開いてるのに今日に限って開いてない。
いつもは鍵を掛けてしまってある筈なのに鍵が開いてる。
いつもは静かなのに今日はお祭りで町全体が騒々しい。
そんな、いつもと違う事に気付いた日。
そんな、今なら誰にも見つからないと分かってしまった瞬間。
そんな、ふとした瞬間が正にソレ、なんだよね。
それが分かってしまったら、後は簡単だったよ。
この手をこう、ぐっとあの人のお腹に向けるだけだった。最初の抵抗を乗り越えれば後は自然に押し込まれて、もう限界ってところにまで入れたら後はその手を引っ込めるだけ。
誰もいなかった。
何の音もしなかった。いや、音はしてたかな?
でもうるさすぎて何の音か分からなかった。
私はあの人に背中を向けて歩き出した。
ううん。走ったりしてない。
歩いて普通に帰ったよ。帰ったら着替えて支度して、駅に向かった。
うん、君が来るまで誰も来なかったよ。
だから言ったでしょ? ああいうふとした瞬間を、〝魔が差す〟って言うんだよ。
END
「ふとした瞬間」
4/27/2025, 3:37:04 PM