何十年か先、ふとこの瞬間を思い出す日が来るだろう。そしてきっと、それが私の青春だったと……そう思う日が来るのだろう。
何となくそんな気がした。そんな日の出来事だった。
***
「引越し?」
「……うん。夏休み明けからは違う学校」
親友の由佳から出たのは、思いがけない言葉だった。
同じアパートのお隣さん。幼稚園からの付き合いの由香とは幼馴染であり、親友だった。何をするのも何処へ行くのもいつでも一緒。だから、同じ習い事をするのだって必然だった。
小学校に上がって始めたダンス教室。子供の運動能力とリズム感を上げる事を基礎としていて、ジャンルに囚われない様々なダンスを教えてくれた。
その中でも私達が特にハマったのは社交ダンスだった。本来は男女のペアになるものだが、女子ばかりのダンス教室では、必然的に同性同士のペアとなる。大会に出る訳ではない。せいぜい街のお祭りや発表会で披露する程度。その為、私はダンスを習い始めてからこれまで、ずっと由佳とペアを組んできた。中学に上がり、本格的に社交ダンスを始めても尚それは変わらない。私にとっての由佳は幼馴染であり、親友であり、そしてパートナーだった。
「引越し……急だね」
「うん。でもお父さんはもう来月にでも引越しするって。お父さんのお母さんが病気になっちゃって……それで、お父さん実家のお店継ぐ事にしたから、家族みんなでお引越しするんだって」
「由佳のおじさんの実家って確か……」
「九州だよ」
「九州……遠いね」
「そうだね」
ここは関東。日本地図では真ん中辺りに位置してはいるが、やはり九州となると遥か遠いものに感じる。ましてや中学生の私にとって、九州なんてのは未知の領域だった。行き方もわからない、遠い遠い国に行ってしまうような感覚。
まだ6月が始まったばかりなので、夏休みの終わりとは言っても時間はある。そうは言っても2ヶ月もすれば由佳は居なくなってしまうのか。そう思うと次第に悲しくなる。いつも当たり前に隣に居た親友に会えなくなってしまうのだ。
気付けば溢れ出した涙が頬を伝っていた。
「泣かないでよ〜。まだ先だよ?」
「そうだけど……そうだけどさ、もう2ヶ月もないんだよ」
「知ってるよ…。私だって、本当は行きたくないし……昨日言われて、まだ自分の中でも整理出来てないんだから」
「ずっと……ずっと一緒だと思ってた。高校も、東校一緒に行こうねって、言ってたのに」
「行きたかったよ!私だって、莉乃と東校行きたかった!修学旅行だって行きたかったし、学祭も今年は発表で金賞目指したかった。体育祭……今年こそは優勝しようねって……」
話しながら、次第に由佳の瞳にも涙が溜まっていく。2人でやりたかった事、やろうとしていた事、2人一緒だからできた事、未来の話も思い出話も…話始めたらキリが無かった。この先の未来にお互いが居る事が、当たり前だと思って過ごしていたから。
どれ位泣いただろうか。ポケットティッシュは底をつき、泣き疲れて声も涙も枯れ果てた頃徐に立ち上がった由佳は袖で涙を拭いてこちらに手を差し伸べた。
「踊ろ」
「踊る?」
「うん」
「ここで?」
「ここで」
「……」
「踊ろう。思い出だよ。うちらって言ったらやっぱこれしかないじゃん」
「確かに」
由佳の言葉に、私も涙でぐちゃぐちゃの顔をタオルで拭く。もう拭いているのが涙なのか鼻水なのかわからない。
「私と踊ってくれませんか?」
改めて差し伸べられていたその手に、私は自分の手を重ねた。
「喜んで」
浜辺の公園。学校帰りの放課後。帰宅部の2人が夕日をバックに踊っていた。
音楽なんてオシャレなものはない。6時を知らせるチャイムがけたたましくなっていて、カラスの鳴き声が歌声だった。
笑いながら、しかし涙は溢れていた。きっとこれが青春なのだと、この瞬間を忘れる事はこの先も無いと思いながら、私達は示し合わせもなく大好きなあの曲を踊ったのだった。
いつか見た映画のワンシーンの様に。
#いつかの思い出 【踊りませんか?】
10/5/2023, 12:59:41 AM