凍える朝
12月。ここは東京都心、某所にあるお屋敷。
昨日の夜から降り続いていた雨は何時からか雪に変わり、朝には街を白く彩りつつあった。
すきま風一つ作らない現代の建築技術を持ってしても自然の力には勝てず。
室内の温度計は零度近い値を示していた。
そんなとある朝。
起こしに来たメイドと、ベッドの中で布団を被るお嬢様――ジルとアメリアの攻防が始まっていた。
「『布団』とは、神が与えたもうた地上に残る最後の楽園……」
寝言を言って再び眠ろうとするアメリアの布団をメイドのジルが力ずくで引き剥がす。
「あああ……寒いいい……神よ、御許しを……」
「HEY! バカなこと言ってないでさっさと起きてくださいよ! 遅刻しますよ!!」
実際、もう時間はギリギリだ。
今すぐこの怠惰なお嬢様を部屋の窓から叩き出したとしても、猶予があるか保証出来ないぐらいには。
こんなことなら三十分前でなく一時間前に起こしにくれば良かった、とジルは後悔した。
「あと五分寝ても、着替えと歯磨きと朝食を同時にやりながらバスに乗れば間に合うわよ。 大体こんな寒さじゃ今頃はサンタクロースだって暖炉の前でのんびりピザでも食べてるわ……」
アメリアが身を縮めながら呻く。
「……OK、分かりましたアメリアお嬢様」
そう言って早足で部屋を出たジルは、一分後にバケツを抱えて戻って来た。
「バケツに水を汲んできました。 これならバッチリ目が覚めますでしょう」
そう言ってジルは最終手段とばかりに、本当にアメリアに向かってたっぷりの水が入ったバケツを振り被り――。
「わかった、わかったわよ! 起きた! バッチリ目が覚めたから、その水は風呂場に捨ててきてちょうだい」
その様子を見て、流石にアメリアも飛び起きた。
「Good morning。 白雪姫。 今度からは声を掛けたらすぐにちゃんと起きてくださいね? OK?」
「Okey dokey……。 次からはkissで起こしなさいよ。 あんな起こされ方したら永眠しちゃうわ」
アメリアは文句を言いながらパジャマを脱いで忙しく制服に着替える。
何故か部屋のテレビはついておらず――古くさいラジオから流れるノイズだらけの『防災情報』だけが大音量で流れ続けていた。
ヘリの音が少し遠くから聞こえる。
どうやら――『お迎え』が到着したらしい。
ジルは、一旦、準備をしてきます。と言って部屋を出ていった。
その間、アメリアはリュックサックの中身を点検し、忘れ物がないかチェックを済ませる。
そして、アメリアが最後の仕上げに髪を結び終わった――その瞬間だった。
けたたましく部屋の窓ガラスが割れて吹き飛び――かつて『人間だったもの』達が雪崩れ込んで来る。
腐臭とともに咆哮をあげて、何十体ものアンデット達がアメリアに向かって襲い掛かって来た。
アメリアは後ろに飛び下がりながら、ベッドシーツ下に隠していた二丁のグロック19を回収しアンデットに向ける。
「“Sweet Dreams(良い夢を)“」
激しいマズルフラッシュと発砲音が部屋に何度も響き渡る。
弾幕を抜けた一体がアメリアに迫る――が、その手がアメリアを捉える前に、戻って来たジルがAK47の正確無比な一撃でアンデットの頭を吹き飛ばした。
「お嬢様! こっちです!! 急いで!!」
「遅いわよジル! ああもう、せっかく着替えたのに台無しよ!!」
アメリアは用意していたリュックサックを引っ掴み、アンデットの『色々なあれそれ』が点々と付いた制服をハンカチでひっ叩きながら愚痴る。
「すみません、『化粧直し』に時間がかかってしまいまして」
――手にはAK。背中にはCA870が一丁。オマケで腰のベルトには手榴弾がアクセサリーのように大量にぶら下がっている。
背中のナップサックには恐らくマガジンや缶詰その他……。
一個中隊を一人で相手する気なのか、と言いたくなるような重武装だった。
「いいわ、さっさと行きましょう」
アメリアとジルは屋敷の出口に向かい全力疾走する。
屋敷の中にはどこからか侵入したアンデットが徘徊し道を塞いでくる。
先頭を走るジルがセレクターをセミからオートに切り替えたAKで掃討し、道を開く。
玄関を開けると、そこには雪の中を歩き回るアンデットの群れが待っていた。
「Wow、大歓迎ね。 合流地点は……確かあのビルの屋上だったわね!」
「yes。 さあ、走りましょうお嬢様! 置いていかれたら……私たちも『彼ら』の仲間入りです」
「笑えないわね。 まあ、そうなるつもりはないけど」
アメリアとジルは、アンデット達を蹴散らしながらヘリの待つビルへと急ぐ――。
その時、突如として街全体に黒電話のようなベルがけたたましく鳴り響く。
瞬間。眩ゆい閃光が辺りを包み、何もかもを呑み込んで――。
「……んあ?」
アメリアが目を覚ますと、そこはいつもの――何の変哲もない普通のアパートの自室だった。
枕元には食べ終えたピザの空箱と昨日開けた空のビール缶が何本も転がっており、テレビはつけっぱなしだった。
「……寒っ」
アメリアは、ぶるっと身震いする。
窓の外は、いつの間にか降り始めた雪が街を白く染め上げていた。
――なんか、すごい夢を見た気がするのだけど……。何だったかしら。
大抵夢は起きてすぐに忘れてしまうものだ。
アメリアは思い出すことを諦めて、ブランケットにくるまりながら起きてカーテンを開けた。
寒さと雪のせいか行き交う人の数もまばらで、皆どこか猫背になり滑らないようにぎこちなく歩いている。
ふとカレンダーを見ると――何と言うことか。今日は午後からコンビニでバイトのシフトが入っていた。すっかり忘れていた。
「……oh my……」
日本に来てもうすぐ三年が経つが……マイペースなアメリアにとって、何もかもが分刻みなのが普通な日本のペースはまだ少し慣れないままだった。
アメリアは、降り続ける雪を窓越しに見ながら、いっそのこと今日地球が滅びればこんな日にバイトに行かなくて済むのに……と心の中で愚痴りながら、トースターに食パンを投げ入れ、コーヒーを注ぎ、パジャマを脱いで身支度を済ませて玄関を開けた。
11/1/2025, 12:50:11 PM