力を込めて
三連休の中日、家に引きこもって過ごす予定だった僕は、なぜか運動場に立っていた。
運動の秋と題して、僕の住む町では毎年大々的にスポーツ大会が行われている。
紅白青黄に分かれて行うチーム戦で、町民はもちろん、基本誰でも参加ができるから、わざわざ遠くの町からやってくる人もいるらしい。
遊びみたいな催しだけど、さながら運動会のようで、子どもから大人、おじいちゃんおばあちゃんの世代まで、楽しめる会だ。
その大会に僕も参加させられた。
運動はもちろん、人の集まりが苦手な僕は全く興味がなかったのに、参加のため遊びに来ていた従姉妹家族の小さな従姉妹に腕を引かれてきたわけだ。
本当は行きたくなかったのに、僕が玄関前でぐずっていたら母に白い目で見られた。
どうやらこの歳でぐずるのは可愛いものではないらしい。
子どものぐずりは許されるのに。
僕からしたら、ちびっ子のぐずりの方が嫌なのに。
なにこれ、理不尽。
受付を済ませると、僕たちは白チームに分けられ、チームカラーのハチマキを身につける。
参加者は事前エントリーを出しておかないといけないはずだ。
なのに僕の名前もしっかり名簿に載っていて、完全に仕組まれていたことをさっき知った。全く、恐ろしい家族だ。
ハチマキは分かればどこに着けてもいい。張り切っている人だと思われるのは癪だったので頭には巻かず、タスキがけにしておいた。
晴天の下、地味にちゃんとした開会式が終わると、競技がスタートする。
人が多いから、僕の出番は少ないけれど、必ずひとり一回は何かに出場できるようになっていた。
『いっけー!』
『がんばれー!』
プログラムが進むこどに盛り上がっていく会場を僕は他人事のように眺めていた。
あんなに本気になっても疲れるだけじゃんか。
盛り上がる雰囲気でこういう冷めた態度をとるのが僕の良くないところだ。
でも、もともと参加するつもりなんてなかったし。
『みてみてお従兄ちゃん!白組かった!』
隣にいた従姉妹がぴょんぴょん跳ねて僕の腕を叩いた。
そういえば、伯父さんたちの姿が見えない。
スポーツ大会は大人もしっかり楽しんでいる。むしろ、彼らの方が騒いでいるほどだ。
なるほど、僕は世話係で借り出されたわけか。
前の競技の熱気が残るなか、僕が参加する徒競走が始まった。
よりによって走る系の競技とかついてない。
『絶対勝つのよ!』
伯母さんの熱いエールが僕をさらに憂鬱にさせる。
走るの得意じゃないんだって。
たくさんの人が見守る中、僕の出番が来る。
他チームの人。数名と僕は一緒に走る。みな年齢はバラバラだ。
『よーいっ!』
パンッと乾いた音とともに一斉にスタートした。
僕は少し出遅れて、先をいく背中を追いかける。走るのなんて久しぶりすぎて体の動きがぎこちない。
僕の横を軽快な足取りで追い越していく人たち。
そんなに長い距離じゃなかったのに、ゴールしたときはもう息が上がっていた。
自分の体力の無さを嫌でも実感させられる。
『どんまい、どんまい!よく走った!』
出番を終えて、場外にはけていくとき、白チームの知らない人たちに声をかけられて息が止まった。
惨めなだらしない自分を大勢の人に見られたのだ。
彼らはよかれと思って言ったと思うけど、僕はそれが恥ずかしくて急いでその場から逃げた。
ああ、だから嫌だったのに。
戻る途中、一際大きな歓声が湧く。
若い男の子が他を圧倒して、一位でゴールしたのだ。
僕と同い年くらいの人。
運動ができる人って何であんなにかっこよく見えるんだろう。
爽やかな好青年、かたや運動音痴で根暗な僕。
今日はこんなに天気がいいのに、僕の心はどんどん曇っていった。
『あ、お従兄ちゃん!かえってきたー!』
うさぎみたいに跳ねる従姉妹と伯父さんたちが僕を迎えた。
動き回って額に汗を浮かべている。ちびっ子はいつも元気だな。
『おつかれさまぁ』
『お従兄ちゃんすっごくはやかったね!かっこよかった!』
『どこがだよ。僕、ビリだよ?』
この子は誰かと勘違いでもしてるのか。
『えー!だって、いっぱい、いっぱい走ってたもん!かっこいいよ!ねぇ、ママ?』
『そうだね、お従兄ちゃん一生懸命走ってたもんね』
伯母さんの言葉に、従姉妹は満足気にまたぴょんぴょん跳ねた。
一生懸命やっても、一番じゃなきゃ意味がないじゃないか。
全く、ちびっ子の考えることは分からない。
不貞腐れて荒む心に、ほんのりと染みた言葉がくすぐったかった。
競技後ごとに掲示されていた得点板は、終盤になって改めて張り出された。
現在、一位は紅チーム。僅差で白、青、黄チームと続く。
まだまだどのチームにも逆転の可能性が残っている。
『続いては、チーム対抗大綱引きです!みなさん!チームで力を合わせてがんばりましょう!』
アナウンスの掛け声に、参加者が湧く。
スポーツ大会の目玉でもある綱引き。第一回から続く伝統競技みたいだそうで、みな気合の入り方に力がこもる。
幾度の戦いをしてきた綱には、その戦の戦傷が残されていた。近年傷みが激しくなってきたため、取り替えが検討されているらしい。
全2回のトーナメント戦で行われる綱引き。
初戦の相手は青チーム。まあここで負ければもう終了だから、初戦だし終戦かもしれないけど。
『白チーム!絶対勝つぞー!』
『『おー!!』』
体躯のいい男性が先陣を切る。
伝統競技だけあってか、みんなの目がいつになく真剣に見える。
勢いよく拳を突き上げる中で、僕は気後れしてちょっと引いていた。
…そんなに張り切って、馬鹿みたいだ。
僕たちは後ろの方の綱を持って構える。
『よーいっ!』
ピストルの合図で一斉に引き合う。
ずっしりと重たい綱がものすごい力で引っ張られた。
なんだこれ、なんだこれ。
思わず足を踏ん張って腰を落とした。
『オーエス!オーエス!』
掛け声に合わせて綱をひく。
知り合いでもない人たちがピッタリと息を合わせられているのが不思議だ。
動きがなかった戦いは、白チームの力強い引きで勝ちを引き寄せた。
勝利の雄叫びが耳をつんざく。
心臓が妙に熱くなっていた。
決勝の相手は現在一位の紅チームだ。
今年はどの競技でも紅は強い。
『よし、みんな!このまま勝つぞ!』
勝利でまたチームが盛り上がる。
がんばりましょうね!、とまた知らない人に声をかけられた。
みんな、なんでそんなに張り切れるんだろう。
額に汗かく人たちを僕は見ていた。
相手は強敵だ。負けるかもしれないのにがんばったって。疲れるだけじゃん。
『引けぇぇぇぇ』
決戦の合図が鳴ると同時に力強い感覚が綱から伝わってきた。
先程より前に引っ張られる。持っていかれそうになる体を腰を落として備えた。
紅チームが優勢そうだ。
『オーエス!オーエス!』
負けずとこちらも綱を引く。
『お…えす…』
息を止めて踏ん張りながら、絞りだすように声を出す。
気を抜いたら持っていかれる引きだ。
『みんな!諦めるな!がんばれ!』
前の方から誰かの声が聞こえた。
いや、僕もうそろそろ限界。
先程の戦いでほとんど握力を使い果たしていた。
もう痺れて痛い。
たかが町の催しだろ。なんでみんなこんなに本気なんだ。
せっかくの休みの日に、なぜ僕は綱を引いてるんだ?
空を見上げて喘いだ。
がんばったって負けるかもしれないじゃないか。
本気になればなるほど、負けたときの悔しさが苦しくなるだけ。
あんな惨めな思いはもうしたくないんだ。
『おーえすー!』
隣で綱を引く従姉妹。
顔が真っ赤な大人に混じって、懸命に綱を掴んでいた。
勝ちたいと、その姿から言われているように感じた。
“一生懸命走ってたもん!かっこいよ!”
にこにこ笑っていた従姉妹の言葉が脳をよぎる。
一生懸命はかっこいいか?
一生懸命やって僕はいつも負ける。カッコ悪いやつなんだ。
それでも、今一生懸命引いてるチームの人たちは、ちっともカッコ悪くなんてなかった。
胸が熱くなる。
遊びなのに。意味ないのに。
弱い自分が言い訳ばかり言うのに、僕はまだ綱を引く。
『うぉぉぉぉぉ!』
晴天の下、僕は雄叫びをあげながら最後の力を込めて空を仰いだ。
10/8/2022, 11:50:33 AM