薄墨

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墓石の下には、遺体と共に、稀に箱が眠っている。
その箱は、墓の主が墓場まで持っていくことに成功した、とっておきの秘密が詰められた、秘密の箱らしい。
今でも明かされていない、暴かれていない、墓の主が生前に抱えられていた誰も知らない秘密。
それは文字通り、墓場まで持っていかれているのだ。

だが、それが分かったところで、何ができるというのだろう。
シャベルを片手に、一人墓場に立ち尽くして、ぼうっと思考に耽る。
ちょっと私は考えなしすぎたかもしれない。
薄暗い夕暮れが、私と私の元友人の墓を包んでいた。

きっかけは、二十歳になったばかりの先月の中学校の同窓会だった。
しかし、生憎、学校通い時代に良い思い出がまったくなかった私には、縁のない話だった。
例年断り続けたおかげで、誘いの知らせさえも知らなかった。
そんな同窓会が、結果的に私の行動を揺さぶることになったのは、今ここの墓石の下に眠っている元友人の存在があったからだった。

さんざ酔っ払ったお調子者の同級生が、無邪気な子どもがそれと知らず、悪質ないたずらをするときのように、残酷な電話を私によこしたからだった。
「なあ、お前、アイツと一番、仲良かったろ?…いや、俺は覚えてねえけど、女子がさ、言ってて。
で、お前もあの日?卒業式の前の日に休んだじゃん。あ、これも女子から聞いたんだけどさ。今同窓会してて、その思い出話?的なやつで。
で、ぶっちゃけさ、お前、アイツの秘密、持ってんじゃねーの?突然いなくなった理由、知ってんじゃねーの?」
間延びしたいかにも酔っ払いのような声は、不愉快な振動を鼓膜に伝えた。
私は何も言わずに電話を切った。
そしてすぐさま、今の電話番号を着信拒否にした。

元友人は、小学生時代の私に出来たたった一人の友達だった。
そして彼女は、卒業式の前日に死んだ。
一人で。自分の意思で。

その頃、私はみんなに馴染めない上に陰気で生意気な、クラスの鼻つまみ者の、問題児だった。
少し会話してみれば、私の問題はすぐ露見した。
みんなが私のことを敬遠し、うっすらと嫌悪を抱く、そのくらい私は歪んだ子どもだった。

対照的に、彼女は、明るく溌剌としていて、誰とでも仲が良く、勉強も気遣いもよくできる優等生だった。
立ち回りが上手く、彼女の敵になろうとする人など何処にもいないような。
そんな素直な子どもだった。

私たちの関係は、一方的だった。
私は歪んで陰気な上に、消極的だった。
仲良くなったきっかけも彼女なら、彼女が私にとって“元”友人となったきっかけも、彼女だった。
「ねえ、何読んでるの?」最初はそんな言葉で始まった。
「私、あなたを友達だと思ったこと、ないから」最後はそんな彼女の言葉で終わった。

最初に声をかけられた日時は覚えていないが、最後の言葉が言われた日は覚えている。
卒業式の前日の、まだ朝焼けが残る、ひんやりとした朝のことだった。
何の前触れもなく、昨日まで、卒業式に泣く/泣かない、みたいなたわいない話で盛り上がっていたのに、朝唐突に電話があって、それで。

目の前が真っ暗になって、気分が悪くなって、私は結局学校を休んで、眠った。
次に目が覚めた時にはもう、彼女は死んでいた。

考えてみれば、当時から彼女の死は謎だった。
しかし、当時の私は、その謎を顧みてみようとも、彼女の秘密や苦悩をどうにかして知ろうとも思わなかった。
自己中心的なことに、私の中では、彼女の死のショックよりも彼女にかけられた最後の言葉から受けたショックが大きかったのだ。

私は今の今まで、彼女の秘密に向き合おうとは思わなかった。
そんな折に電話があったのだ。
配慮に欠けた、まるで考えなしのガキのような電話が。

電話を切り、携帯電話の電源を落とした後、私は衝動的に、元友人の秘密を知らなくては、そう思った。
誰よりも、どの同級生や友人よりも、家族よりも前に、私が彼女の秘密を、苦悩を、死の動機を知らなくては。
なぜだか、無性にそう思った。

しかし、帰郷不精の私は何の手がかりも持ち合わせてはいなかった。
そんな時にふっと思い出したのだ。
秘密の箱の話を。
文字通り「墓場まで持っていった」秘密の話を。

墓場へやってきたものの、今どきの墓地だ。
彼女の墓石は、石材とコンクリートできちんと固められ、綺麗に寸分の狂いも隙もなく、立ちはだかっていた。

そのまま帰るのも違う気がして、私は役に立たないシャベルを片手に持ったまま、彼女の墓をぼんやり眺めた。
薄暗い闇が少しずつ辺りを包み始めていた。

10/24/2025, 2:21:19 PM