今日の空は何色か

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お題 bye bye…

 狐は人に化ける…なんて、そんなの、本の中の話だと思っていた。ついさっきまでは。山菜を取りに森に入ると、…どろん!という音が聞こえて、慌てて辺りを見渡せば、狐の耳が生えた、何とも不完全な人間がポツリと立っているのが見えた。

「…で、あんたは変身の練習中ってわけか」
「そうだけど、お前、少しは驚いてくれよ。化け狐だぞ」
「驚いてるよ。感情が顔に出にくいだけ。それよりあんたこそ、今どきの若造が山菜取りにきてるんだからうんとかすんとか言ったらどうなの」
「そういえばそうだよ。何してんだよお前、危ないだろこんな山奥に1人で。人間は脆いんだぞ、怪我したらどうする」
「それはごめん。いけると思ったんだ」
「…急に素直になるなよ…」

狐は案外ノリが良いらしい。今日初めて会ったのに、ずっと前から知り合いだった気がする。

「なにか人の体でできるすごいことって無いの」
「すごいこと…あ、身振り手振りだけでコミュニケーションをすることができるよ、人間は。例えばこうすると…さようならって意味になる」
「へぇ!そりゃすごい。…こうか?」
「そうそう。上手いじゃん」

なかなか上達しなかったからか、かなりモチベーションが下がっている様子だったので、咄嗟に浮かんだ、1番身近なジェスチャーを教えてみる。すると途端に目が輝きだし、僕の真似をして手を動かし始めた。

「ありがとな。なんか、変身楽しくなってきたわ」
「あんた、ちょろいね」
「狐が感謝してやってんのにお前は…。てか、そろそろ帰れよ。もうじき雨が降るぞ」
「え、うそ、なんでわかるの」
「狐なめんな」
「せっかく仲良くなれたのに…もうお別れか…」

狐の言うとおり、来た時は青かった空はどんよりした灰色に染まっていた。こんなに気の合うやつは初めてで、柄にも無く、泣きそうになる。ここで子どもみたいに地団駄を踏んで喚いたら、もう少しそばにいてくれるだろうか。

「…なぁ。来ればいいだろ、明日も明後日もその次も。そのためのこれ、なんじゃねえの」

狐は僕に向かって手を振った。先ほど僕が教えたばかりの、さよならの挨拶だ。

「そうか。…そうだね、来て良いのか。うん、来る。明日もここに来るからね、僕」
「おう、待ってる」

僕は手を振った。狐も手を振った。遠くで響く雷が、明日の自分を祝福してくれているみたいで、どんよりした空とは裏腹に、僕の足取りは軽かった。

3/22/2025, 4:51:42 PM