自分がオブジェの如く佇むそれに触れる前に、目の前の男は手を掴んで止めさせた。
それは悠久のタイムラインの中では些細な出来事でしかなかったが、しかし自分の心を引っ掻きまわった。
彼は、お前に路を違えて欲しくないだけだ、と強がるばかりだったが、同時に今すぐ声を上げて泣き出しそうでもあった。
だが、それがなんであると言うのか。
もはや御託など並べていられるものか。
彼は自分がもう誰の抑止も効果を成さないことを随分前から分かっていたはずだ。
だが。漆黒を艶めかせ、極上の殺気を何発も込められたそれは、自分の恐怖を大っぴらに誘い出すことに躊躇いがなかった。
男は震える指先を悟られないようにしながら、可哀想なほど青ざめた顔でこちらを見つめ続ける。
こんな時でさえも彼の着古したシャツの隙間から覗くむき出しの肌から目が離せないでいる。焦燥の汗が浮き、湿りっぽくなった彼の肉体はさぞ美しいことであろう。
こんな時でさえなければ、自分は今すぐにでも男の腕を引っ張り抱き寄せていただろうに。
もう、何もかもが遅かったのだ。
もう二度と戻れないところまで来てしまったのは、自分だけではなかった。
3/21/2024, 5:25:45 PM