汀月透子

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〈神様へ〉

 真夜中に、泣き声で目が覚めた。

 廊下を渡って娘の部屋をのぞくと、ふとんの中でるいが体を丸めていた。来春に小学校へ上がるまで、まだ少しある。その小さな背中が、暗がりの中で震えていた。

「るい、どうしたの」

 声をかけると、娘は顔を上げた。目が真っ赤だった。いつから泣いていたのだろう。

「あの子をたすけてって、神様にお願いしたのに」

 絞り出すような声だった。

 ああ、そのことか、と思った。
 夕方のニュースに映っていたあの映像を、るいはずっと引きずっていたのだ。
 同じくらいの年の子どもが、遠い町で、もう見つからなくなったというニュース。私が台所でご飯の支度をしながら流していたテレビを、るいはソファに座ってじっと見ていた。夕食の間も、お風呂の間も、あまり口を利かなかった。

「るい、ずっと考えてたんだね」

 娘はこくりとうなずいた。寝る前にも神様にお祈りをしたのだろう。るいはときどき、手を組んで目をつぶる。どこでそれを覚えたのか、訊いたことはない。

「神様はいないの?」

 るいが私の顔をまっすぐに見た。

 私は答えられなかった。

 いる、と言い切る確信も、いない、と教える勇気も、どちらも持っていない。娘が小さな手でお祈りをするとき、私はそれをやめさせようとは思わない。
 でも一緒にひざまずいたこともない。神様、という言葉が、私の中でどこにも届かないまま宙に浮いている。

 娘をふとんから引き上げて、膝に乗せた。もうすぐ六歳になる体は、それでもまだ十分に軽い。

「るいは、お祈りしたんだね」

「うん。ねるまえに。あの子がいえにかえれますようにって」

 その言葉が胸に刺さった。るいが考えた言葉で、るいが選んだ言葉で、誰かのために祈っていた。

「神様に、ちゃんと届いたと思うよ」

 そう言いながら、自分でも驚いた。嘘をついたつもりはなかった。

「でも、かえってこなかった」

「うん」

 それ以上、何も言えなかった。るいの頭を胸に引き寄せて、背中をゆっくりとさすった。

 答えなんて、出せない。こういうとき正しいことを言える母親に、私はなれていない。世界には理不尽なことが起きて、祈りが届かないこともあって、それでも人は祈り続けるのだということを、もうすぐ六歳の娘にどうやって伝えればいいのか、わからなかった。

 るいはしばらく私の胸の中で泣いていた。

 泣き疲れて眠った娘を布団に戻してから、私は自分のベッドに戻った。眠れないまま天井を見ていた。

 答えは出なかった。明日も出ないだろう。
 でも、るいが誰かのために祈れる子であることを、私はどこかでよかったと思っている。世界の理不尽から目をそらさずに泣ける子であることも。

 窓の外が、ほんの少しずつ白んでいく。

 今日もるいを起こして、ご飯を食べさせて、一緒に手をつないで保育園まで送っていく。それだけのことが、少しだけ大切に思えた。

 かみさまへ、とるいが祈るなら、それでいい。私にはまだできないけれど。

4/15/2026, 6:21:01 AM