妄想昔話 第6話
『そんな…僕は行けないのか…』
天狐は人間の身体であることを怨みました。
村の狐たちの間で沈黙が流れました。
沈黙に耐えかねた翁狐が
『誰も行く者はいないかの。
では儂が…』というと
『いや。わたしが行く』
霊狐が翁狐の言葉を遮って
声を上げました。
そして天狐の目をじっと見つめて
『あんたはあんたのできることをやりな。村人を変えるのはあんたにしかできないんだよ』
『天狐や仲間達が殺されたあと、冷静でいられなくなった。人間なんて死んでしまえばいいとばかり思っていた』
『だけど、あんたの言葉を聴いて分かったよ。わたしの本心はひと時の和じゃなくて、人間と共存し後世に紡いでいく安寧を望んでたんだ』
『もう迫害なんてさせない。ここにいる我らの世代で終わらせる。そのためにわたしは力を尽くしたい』
天狐は姉にいろいろと伝えたい言葉がありましたが
『気をつけて…稲荷様を説得して雨が降ることを祈ってるよ。村人は僕にまかせて』
としか言えませんでした。
『決まりじゃの。出発はいつにするのじゃ?』
『善は急げだ。今すぐにでも行きたいが、こんな夜更けに赴くのは稲荷様に失礼かな』
『稲荷様には朝も夜もない。失礼にはならぬじゃろ』
翁狐は火、水、木、金、土の5文字を地面に書くと、それぞれの文字を線で繋ぎました。すると星形が浮かび上がってきました。そして星形の中央に、勾玉を2つ組み合わせて作った陰陽太極図を置いたのです。
『詠唱を始めるから皆、離れていなさい』
『イーナリズシクエ…』
『アーブラアーゲトゥキトゥキ!』
翁狐の口から青白い炎がボオッと出て火、水、木、金、土の文字に吹きかけました。すると、その5文字が金色に発光して宙に浮かび上がると、陰陽太極図に向かって吸い寄せられて消えました。やがて、陰陽太極図の場所には、ぽっかりと円状に空いた闇が広がりました。
『この闇に落ちれば天界へといける』
翁狐が言いました。
『ありがとう。行ってくるよ』と
霊狐は村の狐たち一人ひとりに目配せした後
意を決して闇に飛び込みました。
30秒ほど落ち続けたでしょうか。
途中、閃光がときおりパッパッと飛び散るのが見えました。その閃光が1つに集まり、巨大な光となって霊狐の身体を包み込んだのです。視界が真っ白になったとき、やっと地に脚がついた感触を感じました。
強烈な光をうけたせいで、しばらく目が眩んでいましたが、徐々に視力が戻ってきて周囲の状況を把握できるようになりました。
日の出と日の入のときの空の色を混ぜたような背景の
空間がどこまでも広がっていて、どこに向かえばいいのかも分からない。そんな場所でした。
『こちらにおいでなさい』
どこからか声が聞こえてきました。
霊狐は声のする方向へ
身体を翻しました。
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"声が聞こえる"
9/23/2023, 5:36:36 AM