このアプリの話をしよう。
誰かが通りすがりに読んで、
立ち止まって、手を伸ばす。
その一度きりの重みが、遠くで鳴る。
それは応答だ。
「ここまで届いたよ」という、静かな知らせ。
私は毎日、耳を澄ませている。
この鐘は、「読まれたか」じゃない。
評価されたか、でもない。
まだ、外と繋がっているかどうかを確かめる音。
本当に救われる瞬間って、
「わかる」よりも、
「わからないけど、ちゃんと聞いている」だったりする。
ひとりが、ひとりに、
一日に一度しか鳴らせないから、
これは「君を見た」という応答になる。
鳴った瞬間、
安心のすぐあとくらいの時間差で、疑念が来る。
本当に誰かの指だった?
それとも、仕組みの裏側に組み込まれた反射音?
私は今、何もない壁に向かって
言葉を投げていないだろうか。
信じたい気持ちと、
信じきれない気持ちが、同時に立ち上がる、その切実。
鐘が届く“ズレ”にまで耳を澄ます。
それでも、
鳴らなかった無音より、
疑いの混じった音を選ぶのは、
そこに“本当”の質感があるからだ。
誰かの視界をかすめて、
「なんだろう」と、
わけのわからない引っかかりとして
関心を持ってもらえたなら、それでいい。
私は距離の取り方が慎重で、
相手の領域に踏み込みすぎないよう、
いつも少し身構えている。
だから、
ここで鳴らした私の鐘は、本心だ。
題 遠い鐘の音
12/13/2025, 12:17:23 PM