かたいなか

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糸杉、糸のこ、抜糸。日本には「一糸乱れぬ」と「一糸まとわぬ」なんて言葉もあります。
去年ご紹介したのは「アリアドネの糸」。
今回は不思議な不思議な喫茶店で紡がれる、魔法のシルクの糸のおはなしをお届け。

最近最近のおはなしです。「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこには、滅んだ世界からこぼれ落ちた難民を保護して収容するための、ドチャクソ快適で三食おやつ完備な難民シェルターがありました。

世界線管理局の難民シェルターは規格外。
土地は地球くらいに広いし、季節は6個あるし、
本物の植物や動物も居てレジャーもどっさり。
「何か仕事をしたい!」という難民のために、働ける場所も用意されているし、
なにより、難民のための料理を提供するためのお店は、管理局の職員も来るくらい。
店舗豊富、バリエーションも多数なのです。

ところでそんな難民シェルターに最近、
不思議な不思議な、セカイ バクダン キヌゲネズミの亜種が店主を押し付けられている、
1杯ずつコーヒーを焙煎して、挽きたてを出してくれるタイプの、期間限定なお店がありました。

というのもこの喫茶店、目的が店主の借金返済。

「ネズミ」だけに「糸」というか、別の喫茶店のコードをカジカジ、かじってダメにしまして。
なんならその喫茶店のアンティークをガリガリ、削りに削ってキズモノにしまして。
その修理費と慰謝料のためなのです。

「だって!仕方無いだろ!僕たちネズミだぞ!」
カラカラカラ、からからから。
回し車式の特殊な焙煎器に乗って、とっとことっとこ走って走って、1杯ずつ焙煎するキヌゲネズミ、つまりハムスター。
「固い机があればかじるし、持ちやすい糸や枝があれば持つ、それで歯を削る!」
仕方無い、仕方無い。本能です。
ガラガラ走るハムスターは、ハムスターのくせにビジネスネームを、「ムクドリ」といいました。

「それこそ、仕方ないだろう」
そのムクドリからアイスコーヒーを受け取って、
カラリ、涼しげに氷を鳴らす人間は、ムクドリの別部門の、コーヒー大好き同僚さん。
「ムクドリ、情報収集役として優秀なあなたに早く現場復帰してもらわないと、こちらも困る。
せっかく回し車を動力にしているんだ。ついでに糸車でも改造してくっつけて、絹糸でも、綿糸でも、作って売ってみては?」

コーヒーだけ売るよりは、儲かる気が。
同僚さんはまさしく、涼しげに、言うのでした。

「あのねぇ!注文入るたび焙煎器をぐるぐる回す!こっちの身にも!なってみろー!」
「いやぁ、本当に感謝していますよ。こうやって1杯ずつ、焙煎して砕いて淹れてくれるおかげで、フレッシュなコーヒーが毎日飲める」
「感謝するなら!チップ!もちょっと!」
「ごちそうさま。また来ます」
「ちょっとぉぉぉぉぉ!!」

カラカラカラ、からからから。
お店にもう一人のお客を置いて、しっかり支払いもして、ムクドリの同僚は行ってしまいました。

「副業に糸車。良いわね。そのアイデア」
その「もう一人のお客」こそ、ムクドリに机やコードをかじられて、被害を被った喫茶店の店主。
ムクドリにこの喫茶店の店主を押し付けた張本人にして、本物の魔女でした。

「今日は、早く上がって良いわよ。ムクドリ」
魔女がニッコリ、言いました。
「試しに魔法のシルクを紡いで、夏用の涼しい魔法の布を織りましょう。それで魔女のローブを作るの。
焙煎器の回し車と糸車をくっつけるわ。明日から、それもやってちょうだい」

よろしくね。糸紡ぎさん。
ハムスターに◯◯◯万円程度の机だの◯◯◯万円のアンティークだのをゴニョゴニョされた魔女は、
容赦なく、公平に、公正に、
代償を、請求しましたとさ。

6/19/2025, 6:28:29 AM