“あいまいな空”
行ってきますと踏み出した足を引っ込めて一度家へ戻る。予報では一日中曇だと言っていたが、思いの外空には重たい雲が敷き詰められていた。
こんな日には傘を持っていくに限る。
わざわざ通販で買った少しだけ大きめの折り畳み傘をそっとカバンに忍ばせて、出番があるといいなあと空を見上げた。
ずっと嫌いだった雨をこんなに待ち望む日が来るなんて少し前の俺には考えつかなかっただろうななんて、家から近いというただそれだけの理由で選んだ学校へ向かう。
入学して、隣の席の彼女に一目惚れしてしまわなければ、俺は多分……いや絶対に傘なんて持ち歩かなかった。むしろ傘を持たないことで、傘を持ってる女のコと一緒に帰る口実にしようとさえ思っていた。
いやあ傘、忘れちゃってさ俺んち15分くらいなんだけど入れてくんね?とか言って、さりげなく傘を持ってやって優しいねって言われてぇ!なんて思っていたはずだったんだけどなあ。
参考書やらなにやらで重たいから傘なんて持ってられない!とドシャ降りの中をYシャツ一枚で帰ろうとする彼女を必死に止めて、コンビニで慌てて買った傘に入れてあげた時から、俺はなるべく傘を持ち歩く様になっていた。
彼女はけして、ありがとうとも優しいねぇとも言ってはくれない。まあ俺がむりやり傘に入れてなければずぶ濡れで帰る気マンマンなのだから、むしろなんなの?とでも思っているんじゃないだろうか。
だけどまあ惚れた弱みってやつで、一年も付きまとって傘に入れてやるうちに雨が降り出すと俺の方をチラッと見る様になったことに気づいてからは毎日雨でもいいのに、と思うようになってしまった。
6/14/2024, 1:25:26 PM