光合成

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『今日の心模様』

人の愛し方を知りたかった。
誰かを大切にするということが、僕には分からなかった。
好きな人のために命をかける、好きな人のために全てを捧げる。そういったことは物語の世界だけで、現実的には起こりえないと思っていた。

結局みんな自分が可愛くて、自分が大切で、誰かのために自分を生贄にするなんてことはできない。
そう思っていた。
だからこそ、僕は知りたかった。
知りたいと思ってしまったんだ。
誰かを深く愛する君のことを。
何もかもを捨てて、誰かに全てを捧げた君の心を。

君と出会って10年。
僕はずっと隣で君を観察していた。
よく笑って、よく食べて、よく泣く人だった。
空を見上げるのが好きで、雨が好きなこと。
運動が好きで走るのが得意なこと。
海が好きで、電車で遠出するのが好きなこと。
誕生日にあげたピアスを大切にしてくれてること。
君の好きなことや大切なものを、数え切れないほどたくさん教えてもらった。

それでも、結局のところ僕には分からなかった。
僕は昔から感情が希薄だった。
心には霧のような雲のような、薄いベールがかかってはっきりしないようだった。
何かに対する執着心だとか、独占欲といったものがなかった。
引きこもり気味で、人と関わることを避けて生きてきた。そんな僕にとって、映画や小説で泣いて、水族館のイルカショーではしゃぐ君は新鮮だった。

僕は君と付き合っていた訳じゃない。
それでも、一緒にいるべき相手のように感じていた。
知らない世界を君が教えてくれた。
それだけが唯一、胸の奥で静かに暖かく、そして輝いていて、触ることのできないものとして残った。

あれは、雨の酷い日だった。
天気予報を見ずに家を出た僕は、夕立に降られて雨宿りをしていた。そんな僕を見かねて君は駅まで傘に入れてくれた。
前から車が走ってくる。ヘッドライトが雨粒に反射してぼんやりと広がる。
その車はどこか様子がおかしかった。
ふらっと車線からはみ出たあと、元に戻りを繰り返していた。何度か蛇行したあと、こちらにスピードを出して向かってくる。

気がついた時には遅かった。
ぶつかる瞬間に君が僕を突き飛ばした。その後ろ姿だけが鮮明に残っている。表情は見えなかった。
君の水色の傘が宙を舞う。
全てがゆっくりに感じた。
傘が地面に触れた瞬間、全身に強い衝撃が走った。
そこからの記憶はない。
目が覚めると、そこはいつもの世界だった。
ただ、君だけがいなくなった世界だった。

君は僕を庇って死んだ。
命をかけて、僕を守った。
何もかもを捨てて、君は、僕を。
どうしてか分からなかった。なぜ僕なんかのために、君が全てを捧げたのか分からなかった。
あの瞬間、君はどんな表情をしていたのだろうか。
ずっと分からないままだった。
僕は今でも、君を探している。
今日の心模様は雨、君がいなくなったあの日から、僕の心にはずっと雨が降っている。


2026.04.23
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4/23/2026, 10:56:05 AM