うみ

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 ──今日くらいは。


 このひとは、隠し事をすることが得意なのだとつくづく感じる。
 料理の味付けで塩と砂糖を間違えても平然と食べてしまうし、どれだけ疲れていても欠伸のひとつさえ零しはしない。
 つまり、自分の限界を越えるところまで我慢して我慢して、それが決壊する時に一気にいろいろなものに飲み込まれてしまう、とも言える。


***


「お疲れになる前に早く休んでください、と何度も言ったでしょう?」
「……いっていない」

 昨日から高熱を出して寝込んでいる相手は、拗ねたように言って目を逸らす。

「いいえ、言いました」
「……」

 毛布を目元まで引き上げて隠れようとしているのが、なんだか子供みたいだ。氷水で濡らしたタオルを絞って、ぬるくなったものと交換する。

「体が限界だったんですよ。この機会にゆっくり休んでください」
「休んでいる、ひまなど」
「本調子でなければ動くことなんてできませんよ」

 再びの無言。
 体調を崩して、心も少し弱ってしまっているんだろうか。普段ならすぐに返ってくるはずの反論もない。

「ちゃんとお布団に入っていてくださいね。また様子を見に来ますから」
「……いやだ」
「早く治って欲しいんです」

 毛布から覗く金色の瞳が、発熱のせいで頼りなさげにゆらゆら揺れている。

「……そばに、いてくれ……」

 熱い指先がセーターの袖を掴んだ。もう瞼が閉じてしまいそうだ。

「子守唄でも歌いましょうか?」
「きみのうたは、へんなかんじがするから、いい」
「失礼な方ですね」
「となりにいてくれれば、いい」

 返事をする代わりに、袖に添えられた手をゆるく握る。かろうじて開いていた瞼が完全に落ちる。

「……おやすみなさい」

 今日くらいは、ゆっくり休んでくださいね。



(何でもないフリ)

12/11/2024, 12:59:54 PM