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お題『澄んだ瞳』


「ねえ、何か面白い話をしてよ」
 そんなことをそんな綺麗な目で言われて、俺はどないしたらええんや。
 関西出身やとバレたら雑に笑いを求められる。そんな通過儀礼があるいう噂は知っとった。けどこれはちょっと思たんとちゃう。
 からかう気満々の嫌ぁな目をしとるんやったらいくらでもスルーしたる、ボッチもケンカも辞さん。けどこの兄ちゃんは本気で俺に面白を求めとる。
 この兄ちゃんが特別なんやろか。それともほんまはみんなこんなふうに悪気なく面白を求めとるんやろか。なんにせよ、東京の大学に進学して、最初に雑談したんがこの綺麗な目の兄ちゃんやった。できることなら期待に応えたい。
 けど、俺に面白い話はできん。
 そういう奴もおる。だからこそこの通過儀礼が話題になる。
 どうしよ。どうする。
 大学の大教室の真ん中らへんの列で、俺は一人で大葛藤した。
 応える。どうやって。
 断る。どうやって。
 関東の人間には関西弁て怖いらしい。断るにしてもビビられるような言い方はしたない。……いやまあここまで二、三の雑談してくれた相手や、大丈夫やろけども……。
 もう頭ん中は大騒ぎ。往年のローン会社のCMより、今期の大河ドラマより「どうする」で満ちとった。内容はめっちゃ個人的やけど。
 冷や汗が伝うんを感じながら兄ちゃんの顔を見たら――兄ちゃんも汗かいとった。
 それに気ぃ付いた瞬間、ふっと力が抜けた。
 よう見たら兄ちゃん、ほっぺも赤いし口も強張っとる。
 何のことはない。俺も兄ちゃんも大学デビューに緊張しとった、それだけや。
「あー……あんな?」
 自然と言葉が出せた。……嘘、まだちょっと喉が強張っとるけど、それでも喋れた。
 喋ってすぐに直感的に! ってわけやないのが残念やけど、俺、君とやったら良い関係を築けそうな気がしてきたで。そらもう、じゅうぶん運命的と言ってもええほどに。
 そうと決まれば見栄張っても始まらん。苦手は伝えとかなな。
 これから友達になってくれ。よろしゅうな、綺麗な目の兄ちゃん。名前教えて。

7/30/2023, 4:43:13 PM