川柳えむ

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 昔から人見知りだった。
 人と仲良くする方法がわからなくて、一人でいることが多かった。
 ようやく仲良くなれたと思った友達も、気付けば傍からいなくなっていた。

 そして――ここに来るまでたくさんのことがあった。
 思い出せるほとんどが苦しいことだ。
 あの後また出来た、心から大切に思っていた友達は、幻だった。この世に存在しない、空想上だけのものだったのだ。
 そう知った時は狂うかと思った。
 いえ、もう元から狂っていたのだろう。
 もしかしたら、周りに酷い目に遭わされた時よりも、それに復讐した時よりも、どれよりもあの時が一番苦しかったかもしれない。
 それまでも苦しいことしかなかった。
 それでも、あなたと出逢えたことだけでも幸せだと思っていたのに。
 それが、一瞬にして消えてしまった。本当に幻だった。

 そんな日々を乗り越えて、私は大人になった。自由を手に入れた。
 けれど、何も変わらない。
 私には大切なものはもうない。
 ただ、もう一度だけ、あなたに逢いたかった。
 涙が勝手に頬を伝っていく。
「――っ…………!」
 あなたの名前を呼んでみても、その声は空へと消えていった。


「……大丈夫?」
 優しく揺り起こされた。
 あぁ、そうだ……。
「とても恐ろしい夢を見ていたの」
 起き上がり、あなたの胸に頭を埋める。
 あれは夢。とても恐ろしい夢。
 あなたは確かにここに存在しているのだから。
「本当に怖かったみたいだね。大丈夫。ここにいるよ」
 大きな腕で優しく背中を包み込んでくれる。

 あなたと再会できなかったら起こり得たかもしれない世界。
 あれが、私の本当の物語ではなくて良かった。
 あなたの腕の中でただ幸せを噛み締める。


『もう一つの物語』

10/29/2023, 10:46:59 PM