回顧録

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眠っているとおい、と名前を呼ばれた。
最近は名字にさん付けというかなり他人行儀な呼び方なのに珍しいこともあるものだと目を開けると逆さまになった黒髪の男が俺の顔を覗き込んでいた。

ここで合点が行く。これは夢だ。
今の彼は髪をキラキラとした金に染めている。
顔も整っているからどこかの王子のようだ。柄は悪いのに。

「なに寝ぼけとんねん」
「ん…?やっぱり黒でもカッコイイなぁ思て」
「いきなりなんやねん!」

彼の顔が一瞬で赤くなる。
夢の中でもこの人はトゥーシャイシャイボーイだ。
これ以上褒めると(イジると?)拗ねてしまうのでいつもならここで留めておくのだが、今回は夢である。
俺の夢、明晰夢。つまり好きにしてもいいのだ。

「金髪もキラキラしてて好きやけど、黒のあんたもええなぁ」

うわ、耳まで真っ赤だ。彼の顔を下から覗き込む。
彼は俯いて手で顔を覆い隠した。
そういう反応するから余計に弄りたくなるのだが。

「あ、茶髪も好きやで?銀も似合ってたな」
「おっ前マジで黙ってくれ……」
「照れんなって〜」

手を退けさせようとしたら、逆に手首を掴まれた。
調子に乗りすぎた?夢の中でもこの力関係は覆せないのか。
ぐいと引っ張られて、すっかり赤みが引いた彼の顔が真正面に来る。この距離平気なの?いつもなら目を逸らすくせに。
夢の中だからか。なら今すぐに醒めてほしい気分だ。
なんせ俺はこの綺麗な顔に弱い。

「おたくはいつまでも、可愛いですね。
……ふ、ははっ、照れんなって〜」

腹の立つドヤ顔。挙句意趣返し。でも何も言い返せない。
いつもと違う距離と言葉にさっきまでの手のひらを返して、もうちょっとこの夢を満喫していたいと思ってしまう。
別に可愛いと言われたかった訳ではないけど、可愛がられていた幼い頃が恋しくなることはある訳で。
懐かしいなぁと同時にもう夢でしか聞けないと思うと、
切なくなった。

「お、おい!なんで泣くねん!泣くなって!」

ぽろぽろと涙を流す俺をおろおろとしながら彼が慰めようとする。情けない声で懐かしい名を呼ぶ彼にまた涙が溢れ出した。

『夢が醒める前に』










蛇足

「おはよぉー、え何この状況」
「分からん、急に泣き出してん……」
「どないしたん?」
「ゆめ、さめんとってほしっ……て」
「夢?なんの事?なんか知ってる横山君」
「知らん。急に俺の事かっこいいって言い出して…」
「えっ、急に惚気て来たこの人」
「ちゃうわ!!」
「あれ、……たつくんめがね、…これゆめ、ちゃうん?」
「夢とちゃうよ。ほっぺたつねってみる?」
「かわいいって、いわれたん現実?」
「そんなんいうたん?……やるやん横山君」
「もう黙っとけ!!」




作者の自我コーナー
いつもの2人。
夢が醒める前に(現実だと気づく前に)
黒髪さんは見た目が全く変わらないので、金から黒にしたことを知らない泣き虫ちゃんが夢だと勘違いした設定です。
泣き虫ちゃんが説明した通りいつもだったら弄り過ぎないところを(夢だと勘違いして)弄りまくったので、黒髪さんがキャパオーバーして吹っ切れてしまった故の意趣返し。

解釈は委ねたいと思っているのですが!でも僕の考えも知ってほしいと思ってしまう複雑な作者心……

3/20/2024, 5:20:25 PM