その瞬間に悟った。ぼくらは友達じゃなくて恋人なのだと。触れるか触れないか、啄むようなキスに全身が幸福で満たされてぼくは彼女に夢中になった。でもどうだろう、付き合いだしてから初めてのキスなのに彼女はどこか切なげで、その一瞬を噛み締めるように優しく唇を触れ合わせる。くしゃりとぼくのシャツを掴む手が小刻みに震えていた。
「ごめん、今日はもう帰るね」
彼女は足早に部屋を後にする。ぼくは玄関まで送ろうとしたけれど、断られてしまった。やはり、進展を焦りすぎてしまっただろうか、と遅まきながら不安に駆られる。二階の部屋から下に降りるとばったりと母親に出会した。
「お見送りしなくて良かったの? 明日からもう会えなくなるんでしょう?」
父親の海外転勤がきっかけで、彼女は明日日本を発つ。先程の彼女の表情にようやく合点がいった。彼女にとって今のは、「最初のキス」であり「最後のキス」。その瞬間、ぼくの心臓が嫌な程に脈打って玄関へと飛び出した。
母親がぼくを止める声が聞こえた。けれど、ぼくの足は止まらなかった。中途半端なこの感情を抑えておける自信が無いから。彼女との関係をこれで終わりにしたくないから。
そして何より。彼女との初めてのキスは、蕩けるくらいに甘くて、忘れられなかったから。
2/4/2023, 10:52:26 AM