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『病室』

 病室の窓から眺める景色が好きだった。

 二十年と少しの人生の大半をこの無機質な白い部屋で過ごしてきた私にとって、その小さなフレームから見える景色だけが、色の付いた世界だった。

 この部屋は広くて狭い。私は籠の中の鳥で、水槽の中の魚だった。外に出たいと願うくせに、外では少しと生きてはいられない。私の体をこの部屋に繋ぐ細い管は、同時に私の生命線だった。文字通りの、生命線。

 もし私が人並みに健康だったらと、ありもしない人生を何度想像しただろう。自由に野を駆け回る子どもに、何度醜い嫉妬を抱いただろう。健全な精神は健全な肉体に宿るように、不健康な私の身体には捻じ曲がって歪んだ思いが棲みついている。このままいけば終の住処となってしまいそうなこの部屋は、私の暗い性根を際立たせるように白く清潔だ。

 窓から覗く美しい世界の片鱗を眺めて、普通の生活すらままならない脆弱な器を嘆く。そんなことばかりしているからこの身体も一向に治りはしないのだと、そう言われればそうかもしれない。病は気からというが、しかし、気だって病に侵されるのだ。

 はたからみれば、鬱屈とした人生に違いない。あるいは可哀想だと憐れまれるのがよく似合う、悲劇の少女なのかもしれなかった。もう少女という年でもないが、少女だった頃からこの部屋に縛られていたことは事実だ。

 いっそのこと___と、何度か考えた。お金のかかるこの身体を維持するために、必死になって働いてくれている人たちの顔が思い浮かぶ。私がいなくなれば、彼らだって少しは余裕のある生活を送れるはずなのだ。何度か考えた末に、やはりこんな人生でも生への執着を捨てきれないのだから、人間とはなんと愚かな生き物なのだろう。あるいは私だけかもしれないが。

 今日も窓の外を眺める。澄み切った青空の高さには、この折れそうなほど痩せた手をいくら伸ばしても届かない。遠く遠くに見える雲の、その先へ行くのはきっとそう遠くない未来だ。

8/3/2023, 6:56:11 AM