ぐすぐすと泣きじゃくるアンネを前にして、ナハトは困ったように立ち尽くしている。
「……あ、アンネ? どうしたの?」
恐る恐る声をかけるが、彼女は首を激しく横に振るばかりで何も言わない。大粒の涙が彼女の両目から溢れて、ぽろぽろと地面に向かって落ちていく。
彼女の背中をゆっくりとさすってやりながらも、ナハトはどんな言葉をかけてやればいいのかわからない。自分に上手にひとを慰める術のないことは充分に承知していた。
だから、自分にできることと言えば、彼女の気の済むまで泣かせてやることだが、何分場所が悪かった。二人がいる、このアカシアの谷は、強い魔物がわんさかと出現する場所で、今も襲いかかってきた魔物を屠ったばかりだ。
わたし、としゃくり上げながらもアンネが口を開いた。
「嘘、をついたんです……ごめんなさい……」
ナハトは首を傾げた。
「どんな?」
彼女は身震いをした。これを告げることで、彼がどれだけ怒るかわからなくて――いや、嫌われるかもしれないのが怖かったからだ。自分でもどうしてこんなことを言ったのかわからない。
「……レイさんがアカシアの谷にいるって……」
「ああ、何だ」彼はあっけらかんと笑った。「そんなの別にいいよ」
ナハトは少し膝を折ると彼女と目を合わせた。アンネは兎のように赤くて怯えた目をしている。何だかとても抱きしめてやりたくなったが、逆に怖がらせそうだったので、ナハトは己を律した。
「怒ってねェから、そんな気にすんなって」
ナハトはアンネの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「それを言いに来てくれたんだ。ありがとな」
またアンネの両目から涙が溢れてくる。彼は困ったように眉を八の字にして、自分の頭をがしがしと掻いた。
「あのさ……オレ、アンネも知っての通り、レイは大事なんだけど……お前のことも同じか、それ以上に大事なんだよ」だから、と彼は続ける。「できれば、笑っててくれた方が嬉しいんだけど」
嘘、とアンネが首を横に振った。ナハトはアンネの名を呼んだ。恐る恐る顔を上げた彼女の額を指で軽く突いた。
「バカ、こんなことで嘘なんかつかねェよ」
「……わたしのこと、今ので嫌いになったりしませんか……?」
ナハトは優しい笑みを浮かべた。
「たぶん、オレ、お前のこと好きだからさ。今の何だか可愛いなって思うよ」
11/30/2023, 7:37:48 PM