〈海の底〉
SNSを開くたびに、胃がキリキリする。
みんな自撮りして、イベント行って、リア充アピールして。画面の向こうはキラキラした人間ばかりで、俺はそっとアプリを閉じる。
あの実名SNSには、大学に入った時にとりあえず登録した。でも、投稿なんて一度もしたことがない。あそこは陽キャの海だ。太陽の光が降り注ぐ、明るくて楽しい世界。
俺はきっと、海の底にいる深海魚みたいなもんだ。光の届かない場所で、ひっそりと生きてる。
英文学専攻で、英検も取得した。でも、それを人生で活かすすべを見つけられない。
今日のバイトは夕方のシフトで、後輩のまひると一緒だ。
まひるは、いかにも陽キャって感じの子だ。茶髪で、ネイルして、やたらテンション高い。最初は正直、苦手だと思った。
「先輩ー、レジお願いしまーす!」
明るい声が店内に響く。客も少ない時間帯、まひるは品出しをしながらお年寄りの相手をしている。
ギャルっぽい感じだが、話すと意外と楽しい。たぶん、他の人とも話せば違うんだろう。
それができない自分が、いやになる。
休憩室で缶コーヒー飲んでたら、まひるが入ってきた。
「先輩、なんか最近元気ないっすね」
「……そう?」
「そう。ずっと考え込んでる顔してる」
バレてたか。
来年は就活だ。周りはもうインターンに行ったり、自己分析始めたりしてる。
でも、俺には何ができるのかわからない。面接で自己アピールとか、絶対無理だ。
「就活のこと、考えてて」
「あー、わかるー。あたしも来年ヤバいんすよ」
まひるはペットボトルのキャップを開けながら、あっけらかんと言う。
「でもさ、先輩って真面目じゃないすか。仕事もちゃんとやるし、お客さんにも丁寧だし。
あ、この前も店長が言ってましたよ。先輩の仕入れアドバイス、めっちゃ当たるって」
「……ああ、地域のイベント情報とか、調べてるだけだよ」
「いやいや、すごいっすよ。先週だって、公園の祭りに合わせて飲み物増やしたら完売したし。
先輩、英語すごいできるし、雑学も知ってるし、頭いいじゃないすか」
「そんなの、普通だろ」
「いやいや普通じゃないっすよ!
データ分析とか情報収集とか、マジ尊敬してるんすけど」
そう言われても、ピンとこない。
俺はただ、波風立てないように生きてるだけだ。
つい、ため息が出る。
「SNSとか見てると、みんなキラキラしてるだろ。
俺はあんな世界にいられない。海の底の深海魚みたいなもんだよ」
思わず口に出していた。まひるは一瞬きょとんとして、それから、ぷっと吹き出した。
「深海魚! いいじゃないすか、海の底」
「……は?」
「あたし、ウミウシになりたいなぁ。フリルがかわいいウミウシ!
見たことあります? めっちゃキレイなんすよ」
まひるはスマホで画像を検索して、俺に見せる。
カラフルで、ふわふわした生き物。確かに、きれいだ。
「先輩は深海魚で、あたしはウミウシ。海の底、最高じゃないすか」
「……でも、お前は陽キャじゃんか」
「え、あたし? 全然っすよ」
苦笑いしながら打ち消すように手を振る。
「陽キャも色々大変なんすよ。
ずっとテンション上げてなきゃいけないし、疲れるし」
まひるはお茶を一口飲んで、窓の外を見た。
「あたし、海面に光がゆらゆら揺れてるのを眺めてるぐらいの人生がいいんすよ。
キラキラしすぎると、目が痛いじゃないすか」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
陽キャに見える人も、それなりに大変なのか。
「深海魚は深海魚なりに、ちゃんと生きてるんすよ。光を自分で作ったり、独自の進化してたり。 それでいいじゃないすか」
まひるは立ち上がって、軽く伸びをした。
「先輩は、できることをせいいっぱいやればいいんすよ。
あたしもそうする」
休憩が終わって、また店内に戻る。
レジに立ちながら、窓の外を見た。もう夕暮れで、空が少しずつ暗くなっていく。
深海魚は深海魚なりの人生がある。
そうか、無理に海面に上がる必要なんてないのか。
次の客が来た。いつもの常連のおじいさんだ。
「いつもありがとうございます」
そう言うと、おじいさんはにこっと笑った。
「君、いつも丁寧だね。ありがとう」
その言葉が、妙に胸に染みた。
俺にも、できることはある。
海の底でも、ちゃんと生きていける。
まひるが横で品出しをしながら、小声で歌っている。
ウミウシも深海魚も、それぞれの場所で、それぞれの生き方をしている。
光の届かない場所にも、光はある。
自分で作ればいい。
そう思えた瞬間、胸のつかえが少しだけ軽くなった気がした。
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急に海面浮上すると目が飛び出ちゃ(
ウミウシがのたのた生息するぐらいの海底がいいですねー、プールの底で水面がゆらゆら光るのを見てるのが好きでした。(潜りすぎて先生に心配されました
1/21/2026, 12:07:13 AM