白糸馨月

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お題『遠い約束』

「もしお互いに三十になるまで相手いなかったら、その時は結婚しよう」

 そんな約束をたしかこっそり、小学校を卒業する時に幼馴染とした覚えがある。
 その時のことは、きれいな想い出として私の中に残り続けていた。夕日がきれいな場所でそんなことを言ってもらえて、たしかに嬉しかったんだ。ちょっと大人の階段を登ったきになって、それがちょっとした優越感に浸れる要因になったりもして。

 その想い出は今、目の前で土下座している男によってもろくも崩れ去ってしまっている最中だ。

「お願いしますっ! オレを養ってください!」

 夕日が見える河原でプロポーズめいたことを言ったかっこいい幼馴染はもういない。
 目の前にいるのは、いい年して実家から出たことがないクソニートである。
 久々に実家に帰ったら幼馴染が親しげにやってきて、でかい声で

「お前、三十になったんだって?」

 と言ってきた。あの想い出の彼は今、親のすねをかじるデリカシー無し男に成り下がっていた。
 そんな彼が「久しぶりに話したい」と言って連れてこられたのがよりにもよってあの河原だ。
 それで今、このクソニートは土下座をしている。

「お前、今彼氏いるの?」

 と聞かれて「いない」と答えたらこのザマである。

「頼む! お前だけが頼りなんだ!」
「は?」
「このままだと、オレが実家から追い出されてしまう!」
「じゃ、働けよ」
「それも考えた。だけど、オレに合う仕事がないっつぅか、なんつうか」
「じゃ、無理」
「え?」

 踵を返して実家に戻ろうとすると、幼馴染が食い下がってくる。物理的に。
 男性の力だから重くて、動けそうにない。

「お互いに三十になって相手がいなかったら結婚しようって言ったじゃん!」
「それはアンタがマトモに働いてたらの話でしょうがっ!」
「互いに助け合えばどうにかなる! お前、年収高いらしいじゃん!」
「ふざけんなぁ!」

 なにが助け合いだ、くそったれ。
 今この場に欲しいのは証人じゃなくて警察だ。
 頼む。誰か。私の想い出を破壊しやがった人の金をアテにしようとするクソ男を引っ剥がして欲しい。

4/8/2025, 11:27:15 PM