ミミッキュ

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"耳を澄ますと"

「みゃあん」
 昼食を食べ終え、水も飲み終えたハナが足に擦り寄ってくる。
「構って欲しいのか?」
 食べていたサンドイッチをフィルムの上に置いて、ハナを膝の上に乗せる。
 膝の上で寝転がり、こちらを見上げると喉を鳴らし始めた。
 食べかけのサンドイッチを持ち、再び食べ始める。新鮮なレタスを噛む音がシャキシャキと鼓膜を撫で、レタスとハムの甘さが舌を優しく撫でる。
「みゃあ」
 ハナが囁き声のような鳴き声を出した。見ると撫でて欲しそうな仕草で、頭を俺の腹に擦りつけている。
「はいはい」
 サンドイッチを持つ手と反対の手でハナの頭を撫でる。
 掌に頬を擦りつけ目を閉じる。すると、ころん、と身体を転がし無防備に、動物の急所である腹を天井に向けた。
──本当に警戒心皆無だな、こいつ。ものには限度ってもんがあんだろ。親相手でも少しは警戒しろ。
 心の中で文句を転がす。
 手術痕に注意しながら、掌を腹に優しく乗せて撫でる。他の所より柔らかな体毛が掌を包み込む。
「ハナ」
 柔らかな声色でハナの名前を呼ぶ。
 反応はしているが、口を開くだけで鳴き声は聞こえない。
 聞こえてきそうで聞こえない、子猫が母猫を呼ぶ際に出す鳴き声。
 耳を澄ませたって人間の耳には聞こえない周波数なのに、よく澄ませれば聞こえてきそうに思えるのはおかしいだろうか。
 聞こえなくたって、俺を母猫のような存在に思ってくれている事には変わらない。
 その事実だけで充分すぎる程、頬が緩む。
 昼食のサンドイッチを食べ終えると、腹を撫でていた手を離し、傍に置いていたウェットティッシュで両手を丁寧に拭いて、ペットボトルの水を流し込む。
「みゃあん」
 ハナがまた鳴き声を上げた。まだ撫でて欲しそうな顔を向けてくる。
「だーめ」
 そう言ってハナを抱き、ベッドの上に乗せた。
「そんな顔したって駄目。大人しく待ってろ」
 いってくる、と言って廊下に出る。「みゃあ」と、まるで『行ってらっしゃい』のような鳴き声を上げて見送ってくれる。
 小さく手を振って、扉を閉める。
──さて、午後も頑張るか。
 伸びを一つして、診察室に戻った。

5/4/2024, 1:45:06 PM