「ケンカの『始まりはいつも』プリンの取り合い、秋の『始まりはいつも』花粉症、逆転劇の『始まりはいつも』誰々。いくらでもアレンジは可能よな」
なんなら「始まり→はいツモ」で麻雀のハナシにしたり、「住居探しの始まり。ハイツも検討」でハイツのハナシにもできるわな。
某所在住物書きは久しぶりの自由度高そうな題目に安堵して、しかしスマホではソーシャルゲームなど、余裕こいてプレイしていた。
そういえば、ガチャのすり抜けによる最大級の落胆の「始まりはいつも」、まずSSR確定演出からだ。
「……物欲センサーの始まりって、どこからだろう」
イベント周回して、ランクを上げて。物書きは貯蓄中のガチャ石に対し、どうせ溶けるとため息を吐く。
――――――
最近最近の都内某所、最低気温がストンと急降下した夜、キャンプが可能な屋外スペース。
雪降る田舎出身の、名前を藤森というが、
小枝と枝と、それから枯れ葉とで燃焼剤を構成した焚き火の前に座り、酷く疲れたようにしている。
目の前には簡単シンプルなキャンプめし。親友の宇曽野からレクチャーを受けた、蒸し鶏とコンソメのライス、味変用のバターカレー付き。
ため息ひとつ吐いて、隣を見る。
隣には子狐が、行儀よく「おすわり」して、
藤森同様に目の前に置かれたコンソメライスとカレーに、うやうやしくお辞儀して、
丁寧かつ丹念に香りをたしかめ、堪能し、
特に五穀のひとつである米飯を見つめた後で、
ホンドギツネの骨格的に本来あり得ない動作を――すなわち前足、「おてて」を「ぱっちん」。
人間がそうするように、合わせた。
くわぁ〜!くぅ〜! 元気に吠える。
稲荷の神の神使たる狐、おそなえとして受けた食い物への礼儀を、おろそかにしてはならぬ。
人間からの貢ぎ物、供米を頂く。始まりはいつも、手を合わせて、「いただきます」。
あとはウルペスウルペスの本能に従い、ガブガブ!
早食い選手も、かくありなん。胃袋におさめる。
はぁ。 藤森が再度、ため息を吐く。
…――藤森の疲労の発端は、数時間前にさかのぼる。前述の子狐、実は不思議な不思議な、日本語を話し人に化ける稲荷の化け狐で、
昨日、都の病院で漢方医をしている父狐から、キャンプの絵本を土産に貰ったらしいのだ。
非現実的だが細かいことを気にしてはいけない。
稲荷のコンコン子狐、絵本に描かれたキャンプめしがたいそう気に入ったらしく、いつも稲荷神社の花を撮りに来ている参拝者に、つまり藤森に緊急おねだり。
『キツネといっしょに、きゃんぷして!』
絵本の「キャンプ」しか知らぬ子狐は、
キャンプは焚き火を囲んで飯を食うものと理解し、
桔梗の描かれたお気に入りの飯入れ皿とキツネノカミソリの描かれたお気に入りの水筒とをリュックに入れて、背中に背負い、とってって、ちってって。
待ち合わせ場所まで歩いた。
すなわち焚き火の用意をしていなかったのだ。
『ありあわせの物で、なんとかしよう』
すべてを察した藤森は、清掃の行き届いた屋外を見渡して、ひとつふたつ。小枝を拾った。
『子狐。おまえも手伝っ……』
おまえも手伝って、枯れ葉や小枝、少し大きめの乾燥気味な枝を集めてくれ。
そう伝えようと振り返った藤森。
目線の先には、見よ、ホンドギツネの本能のままに柔らかい土を掘り掘りする子狐である。
焚き火の始まりはいつも、薪拾いから。
藤森は親友の宇曽野の、おそらくジョークと思われるジンクスを思い出した。
彼が嫁や娘と共にキャンプに行って焚き火をすると、必ず薪準備担当が薪を忘れるらしく、
ゆえに、彼等のキャンプはいつも、薪拾いから始まるという。 再度明示するがジョークと思われる。
今日その宇曽野は連れてきていない筈だが?
『分かった。わかったよ』
藤森は、掘った土の中に何かを入れてそれを丁寧に埋め戻す子狐を見ながら、
ひとり枝を拾い、ひとり焚き火台を組み立て、
鶏肉とともに飯を炊き、キューブタイプのコンソメを鍋に落として、おこげを調整したのである。
カレーはレトルトであった。
――…「おいしい。おいしい」
がつがつがつ、ちゃむちゃむちゃむ。
そんな藤森の単独的労力も知らず、子狐は尻尾をぶんぶんビタンビタン。おそなえとして己に出された蒸し鶏と米を怒涛の勢いで食べる食べる。
「そうか」
それは、良かったな。 ぽつり付け足し、藤森もライスをレンゲスプーンで口に運ぶ。
薪拾いから始めることになった焚き火のすべてを用意した後で食うキャンプめしは、それはそれは、もう、それは。美味かったようである。
10/21/2024, 3:37:35 AM