今夜は居酒屋で部署の忘年会。
若手の俺は幹事を任され、雑用に動き回っている。
ノンアルを飲み続ける1人の女を視界に入れながら。
今なら一息つけそうだと、自分の席であり、視界に入れ続けていた先輩の隣に座った。
「お疲れさま」
「幹事って大変ですね」
「ね。うちの部署は飲める人が多いからね」
「先輩は飲まないんですか?」
「そっか。注文取ってる人には飲んでないのバレてるか。内緒にしておいて」
先輩はシーっと指先を当てて笑った。
26歳だっけ。そして人妻。
こんなに可愛いなんて反則だ。
新卒で入って、既婚者なんて知らなくてすぐに好きになった。
その後は…自分の気持ちなんて言えるわけない。
好きになる前に何で気づかなかったのか。
いつだって、先輩の指にはプラチナのエンゲージリングがキラリと光る。
埋め込まれた小さなダイヤモンドが恨めしい。
「飲むとどうなるんですか?」
見てみたいなあ、先輩の酔ったところ。
「んー、戻す」
「1杯でも?」
「1杯ならいけるんだけどね。でも、もし何かあってもね。ノンアルで十分だよ」
先輩がグラスをカチンと合わせた。
「旦那さんはいつ帰って来るんですか?」
先輩の旦那さんは単身赴任で、長期の休みしか帰って来ない。
先輩はときどき寂しそうな顔をする。
慰めたいんだけど、でも、どうやって?
付き合った人数が少な過ぎて、俺にはハードルが高すぎる。
「今月末。お盆ぶり。
旦那が帰って来たら大変なんだよね。
自分のペースで過ごせなくなるし、よく食べる人だから食事もたくさん作らなきゃいけなくなるし。しかも、品数を欲しがるんだよね。あれ絶対お姑さんのせい」
先輩が饒舌になる。
さっきまで、ポツリポツリと喋っていたのに。
うんうん、と相槌を打ってはあげるけど、でも、正直辛いなぁ。
「それって、文句を言いつつ旦那さんの希望を聞いてあげてるってことですよね?
結局先輩は、旦那さんが帰ってくるのを楽しみにしてるんですよ。旦那さんだって、先輩に色々言えるってことは、心を許してるんだと思うし」
先輩の頬が赤くなる。
結婚して何年も経っているのに、未だに照れるってことは、結局仲良しだってことじゃん。
「お盆ぶりですか。
夜、燃えますね。あ、もしかして朝までとか」
んんっ!
急にぶっ込んだ爆弾発言に、先輩が思いっきり咽せた。
何だなんだと注目されたのに気づいたけど、素知らぬふりして「大丈夫ですか?」と背中を軽く叩く。
先輩も「大丈夫」と咳をしながら言ってくれる。
納得していない様子も、社員たちは会話に戻っていった。
「ちょ、飲み過ぎじゃないの?」
「別に。俺がずっと動いてたの知ってるじゃないですか。
飲み会なんですから、これくらい普通ですよね」
「…………」
わざとらしくため息を吐かれた。
「帰って来るのを楽しみにしてる人がいるって良いですよね。憧れます」
ノンアルを飲もうとしていた先輩の手が止まる。
「愛している人に愛されて身体を繋げる。俺にはできないから、羨ましいですよ」
何かを言おうとして言うことが見つからない。
そんなことを思っていそうな視線を感じる。
「俺は、片想い中だから」
「……そっか。……そっかぁ」
俺が持ち歩いていたタブレットを自分の方へ寄せて操作して、先輩はノンアルを注文した。俺が今飲んでいるハイボールも。
「そこはノンアルで譲れないんですね」
「だって戻したら幹事さんに迷惑かけちゃうし」
「俺、先輩に迷惑かけられるくらい、何とも思わないですよ?」
「私が気になる!」
真剣に言われて噴き出すと、先輩も噴き出した。
笑い合って楽しい時間だなと思いながら、切なくなる。
今、この瞬間に一緒に笑うことはできるけれど、一日中、笑い合える日は絶対に来ない。
先輩が心と心を繋いだのは、旦那さんだから。
心と心
12/12/2024, 3:18:05 PM