『街角の天体観測』
「ねえ、知ってる? この街って、実は宇宙船だったんだよ」
唐突にそんなことを言い出したのは、幼なじみの澄花だった。放課後、商店街の端っこにある団子屋の軒先で、二人並んで座っているときのことだった。
「え? 宇宙船?」
「そう。気づいてないだけで、私たちはずっと宇宙を旅してるんだよ」
彼女は自信満々にそう言って、冷めた団子を一口かじった。
よくわからないが、澄花が言うと妙に説得力がある。彼女はこの街で一番の変わり者だったけど、なぜかいつも話に引き込まれるのだ。
「それならどこに向かってるのさ」
「そりゃあ、どこか遠くの星に決まってるじゃん。ほら、あそこの時計屋さん、じつは宇宙の時刻を測るための基地でさ」
「あそこ、ただの修理屋だよ」
「いやいや、見た目はそうだけど、本当は……」
また始まった。澄花の「この街は何かの秘密を隠している」シリーズ。昨日は「実はこの商店街は忍者の訓練場だった」とか言っていた気がする。
まあ、そんな話を聞きながら団子を食べるのも悪くない。
***
この街は、時間がゆっくり流れる。いや、止まっているようにさえ感じる。
朝になれば、学校へ行って、授業を受けて、帰りに駄菓子屋でお菓子を買う。
夕方になると、商店街は少しだけ賑やかになり、夜には家の窓からテレビの明かりがこぼれる。
毎日が、昨日と同じようで、ほんの少しだけ違う。そんな日々の中で、澄花はいつもふざけたことを言って、私を笑わせてくれる。
「いつか、本当に宇宙に行ってみたいな」
ある日、商店街の屋上に寝転がって、彼女がぽつりとつぶやいた。
「行けるわけないじゃん」
「そんなことないよ。行きたいって思えば、どこへだって行ける」
「……そういうもの?」
「そういうもの」
彼女はそう言って、星空を見上げる。
私はそんな彼女を見つめていた。
***
澄花はいなくなった。
ある日、突然に。
引っ越しだった。聞いたときは信じられなくて、彼女の家まで駆けつけたけど、もうもぬけの殻だった。
商店街を歩いても、どこにも澄花はいない。団子屋の前で座ってみても、隣には誰もいない。時計屋の前を通っても、もう「宇宙の時刻」とやらの話は聞こえてこない。
街は変わらないままだった。
だけど、私は変わってしまったのかもしれない。
澄花がいないと、街はただの街だった。
「この街は宇宙船なんだよ」
そんな彼女の言葉を、ふと思い出す。
「だったら、きっと今もどこかを旅してるんだよね」
どこか遠くの星に向かって、見えない宇宙船の中で。
私はそっと、空を見上げた。
いつもと変わらない夜空なのに、澄花がいた頃より、少しだけ遠くに感じた。
3/16/2025, 1:24:47 PM