作家志望の高校生

Open App

まだ、毎日がキラキラしていて、世界は果てしなく広くて、未来は素敵なものだと絶対的に、無垢に信じていた頃。
あの時は、早く大人になりたくて仕方なかった。
大人になれば、欲しいおもちゃはなんでも手に入って、可愛いお嫁さんができて、なりたい職業に就いて、広い家で幸せに暮らせると思っていた。
それに、保育園や小学校の先生、それに両親なんかは、僕に疲れた姿なんて少しも見せなかった。
身近にいる大人は、皆が皆楽しそうにしていて、だから未来はいいものだと思い込んでいたのだ。
子供の頃の僕は、スーパーのお菓子コーナーは、どこまでも続くお菓子の壁のように感じていたし、海には大きな怪獣が眠っていて、いつかヒーローがそれを倒しに空を飛んでくる世界に住んでいた。
けれど、大きくなって、視界が高く、広くなって、僕は段々現実を知っていく。
先生達は何でもできるわけではないし、親だって神様ではなく人間だ。
大人になっただけで巨額の富は手に入らなくて、相応に努力しなければ夢は叶わなくて、結婚なんてする余裕も無い。
気が付けば社会の歯車として、なりたくもない仕事に忙殺されて、やりたかったはずの夢さえ見失って、僕の世界はスーツと同じ色をしたものに成り果てていた。
大人になりたかったはずの子供は、いつしか現実を知り、もう戻れない子供時代を強く強く切望するようになる。
こんなの違う。こんなの僕の理想じゃない。
子供時代の僕が、毎晩毎晩、耳元でそう叫んでくる。
年老いてものが覚えられなくなっていく母親を、認知症になって夜な夜な暴れる父親を見る度、僕の中で、子供の頃の夢の残滓が死んでいく。
親を嫌いになることはできなくて、お金はずっと足りなくて、働いて、介護をして、養って、一人で泣いた。
限界まで擦り切れたって、だれにも頼れやしない。
いつか行った同窓会の時見た同級生たちは、薬指のリングや夢を叶えた者特有の幸せそうな空気を身に付けていて、同じ時間を同じ場所で過ごしたはずなのに、僕だけが置いていかれたようだった。
こんなはずじゃなかったのに。
こんなことなら、大人になんてならなければよかった。
小さい頃に白爪草の指輪を通した左手の薬指にあるのは、綺麗な宝石の付いたシルバーのリングなんかじゃない。退行して暴れた父親に噛まれた傷と、それを覆う絆創膏。それだけだ。
デスクの上のパソコンは、まだ光っている。まだ、押し付けられた仕事が残っている。
けれど、僕はドアの前でへたり込んだまま、もう少しも動けそうになかった。
一階では、きっとまた起き出したのだろう父親が、もうとっくに存在しない家に帰りたいと叫んでいる。もう数分もすれば、深夜徘徊に出てしまう。
母が消し忘れたのだろう火が何かを焦がす匂いがしていた。
けれど、もう全部が重たくて、ドアノブを押し下げる動作さえできない。
パソコンの通知は止まないし、ドアの開く音がしたし、僅かに煙の匂いがした。
ああ、子供なら、僕がまだ小さければ、お父さんが僕を抱き上げて、お母さんが頭を撫でてくれたのに。

テーマ:子供のままで

5/13/2026, 8:30:20 AM