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154.『沈む夕日』『これからも、ずっと』『誰よりも、ずっと』



 最近、幼馴染である芽衣《めい》の様子がおかしい。
 俺たちは赤ちゃんの頃からの付き合いなのに、近頃はまともに目を合わせてくれない。
 たまに目が合うこともあるけれど、すぐに顔を真っ赤にして逃げるように距離を取られる。
 ここ一週間はまともな会話もなく、ちょっと微妙な空気だ。

 知らず知らずのうちに、なにか怒らせるような事をしたのならいい。
 そういうことは、数えきれないほど経験した。
 付き合いの長さゆえに、喧嘩の数ならギネスを狙える気がする。

 けれど今回はどうも様子がおかしい。
 いつもなら不満があれば直接言いに来るのに、チラチラとこちらを盗み見るばかりで何も言ってこない。
 一日なら『そういう事もある』で済ませられるのだけど、ここの所ずっとだ。
 正直なところ、こんなに大人しい芽衣は初めて見る。

 LINEで尋ねたこともあるが、芽衣は『そんなことない』『鉄平は悪くない』とはぐらかすばかりで、まったく要領を得ない。

 はっきり言って不安で仕方なかった。
 こんな事、今まで一度も無かったから。

 だからどうしても最悪な想像をしてしまう。
 芽衣が俺に言えないこと――たとえば重い病気を患ったりして、それを隠しているんじゃないか、とか。
 それを思うと俺は、夜も満足に眠れない……
 お前、何か知らないか……?


 ◇

 ――という相談を、芽衣との共通の友人である友樹にすると、ヤツは腹を抱えて笑いだした。

「何がおかしい」
 腹が立ったので軽く蹴りをいれると、友樹は目に涙を浮かべながら言った。

「おかしいだろうよ、鉄平。
 だって『相談がある』って言われて、何かと思って身構えてたらこれだもの。
 秘密の話って言うから俺の部屋に呼んだのに、これだったらその辺の喫茶店ですればよかったぜ」
 友樹は言い切ってから、さらに笑い出す。

「だいたい、鉄平さんよ。
 お前、芽衣ちゃんの様子に今頃気がついたのかい?
 そら間抜けにもほどがあるぜ!」
「俺が間抜けなのは否定しない。
 誰よりも、ずっと傍にいたのに、全く気付けなかったんだからな。
 だが一応真面目な相談なんだ。
 笑わないで欲しい」
「ひひひ、それは悪かったよ」
「それでだ。
 俺ほどでないにせよ、お前と芽衣の付き合いは長い。
 何か聞いてないか?」
 俺がそう言うと、友樹は再び笑い始めた。

「もういい。
 お前に相談した俺が馬鹿だった」
「まあ、待て。
 確かに笑って悪かったよ」
 友樹が声を震わせながらも頭を下げてきたので、一応話を聞くことにした。
 ふざけてはいるが、相談に乗るつもりはあるらしい。
 俺はため息を吐きながら、友樹の顔を見た。

「で、何を知っている?」
「知っているっていうか、見れば分かるというか……
 逆にお前、気づかないの?」
「気づいたから相談しているんだ……」
「ははは、鈍感ここに極まれり、だな」
 話が噛み合わない。
 だが冗談を言っているようにも見えず、俺は困惑する。
 『見れば分かる』?
 どういうことだ……?

「本当に知っているのか?
 誤魔化しているんじゃないのか?」
「知ってるよ。
 でも芽衣ちゃんの意思を確認しないで、俺が言っていいものか……」
「御託はいい。
 さっさと言え」
「まあ、言わなかったらずっとこのままか。
 正直見飽きたしな」
「何を言って――」
「『好き避け』だよ」
 友樹の言葉に、俺は言葉を失う。

「分かるか、『好き避け』だ。
 芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ。
 顔も見られないほどに」
「そんなはずはない。
 芽衣は俺のことを、ただの幼馴染だと思っている。
 恋愛感情なんて無い」
「芽衣ちゃんも可哀想に。
 こんな朴念仁を好きになるなんて……」
「馬鹿にしてんのか」
 俺がそう言うと、友樹は呆れたように笑った。
 失笑というやつだ。

「まあいいや。
 それで、お前は芽衣ちゃんのこと、どう思ってる?」
「大切な幼馴染だ」
「違うね。
 お前も芽衣ちゃんの事、好きなんだろ」
 俺は何も言えなかった。
 図星だったからだ。

「お前も芽衣ちゃんも、見てて分かりやすいんだよ。
 俺じゃなくてもすぐ分かる。
 今どきの言葉で、『両片思い』てヤツだ。
 気付いていないは本人ばかりなり、ってな」
「でも、それが芽衣の様子がおかしい理由にはならない」
「まあ、最近の芽衣ちゃんの様子は、特におかしいってのは同感だな。
 どうせ、何かの拍子にお姫様だっこしたんだろ。
 無自覚にさ」

 俺は否定できなかった。
 そう言われてみれば、したような気がする。
 体調が悪そうにしていたので、抱き上げて運んだのだ。
 必死だったのでよく覚えていないが、たしかにそれ以来避けられている気がする。

「もう付き合っちまえよ。
 俺の見立てだと、100%成功すると思うぜ」
「……芽衣は、俺なんか好きじゃないさ」
「お前も頑固だな。
 でも、今みたいにまともに会話ができない状態は嫌だろ」
「それは、まあ……」
「そんなお前にアドバイスだ。
 これを言えば、すべて解決さ」
 とニヤニヤし始める友樹。
 こいつ、俺の反応を見て楽しんでやがる
 本当に性格悪いな。

「沈む夕陽をバックに、『好きだ』と囁けばいい」
「そんなの言えるか!」
「確かに、それが言えたら今困ってないな。
 だが、ずっと現状に甘んじるつもりか。
 どこかで行動しないと、何も変わらないぞ」
「それは……」
「実は、芽衣ちゃんをこの部屋に呼んでいる。
 『鉄平について、大事な話があるから来てほしい』ってな」
「お前!?
 さっきからスマホをいじっていたと思えば――」
 コンコン。
 文句を言おうとした瞬間、玄関からノックが聞こえて思わず振り向く。

「ほら、来たぞ。
 男を見せてこい!」
 友樹に背中を蹴とばされ、玄関まで転がっていく。
 その勢いで、ちょうどドアを開けた芽衣とぶつかりそうになる

「「あ」」
 交差する目線。
 芽衣は、まさか俺がここにいるとは思わなかったのだろう。
 驚きに目を見開き、そして金縛りにあったように固まった。

 そして、夕日に照らされたのか、それとも別の理由か。
 彼女の頬が、みるみる朱に染まっていく。

 『芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ』。
 友樹のそんな言葉が頭に浮かび、思考が消し飛んでしまう。
 どうすればいいか分からなくなった俺は、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
 
「えっと、その……
 これからも、ずっとよろしく」
 俺がそう言うと、芽衣は驚いた表情のまま、消え入るような声で言った。

「……うん。
 ……こちらも、よろしく」
 まともとは言い難いが、一週間ぶりの会話。
 だがこれでいい。
 きっとこれで、俺たちは今まで通りの関係に戻れるはずだ。

 ――そんな根拠のない安堵に浸っていると、背後から心底呆れたような声が降って来た。

「ヘタレめ」

4/17/2026, 12:09:51 PM