「ねぇ、君こないだからずっとそこいるよね?」
突然、大通りの方から来た綺麗な身なりの子供が声をかけてきた。年は俺と同じくらい、身分はきっと天地の差。大方、ずっとこの薄汚くてじめじめした路地裏に、死んだように転がっている俺に好奇心が湧いたとかそんなんだろう。こういうのは大抵、無視していればすぐに飽きて元の場所へ、光の下へ戻っていく。
「ねぇってば。聞いてる?おーい。」
目の前でブンブン手を振られたり、あるいは跳ね回られたりするが、全て無視する。挙動があまりに幼くて、本当に俺と同い年くらいなのか自信がなくなってきた。食べ物やらの違いで発育が違うのかもしれない。本当はずっと年下なのか?
「もー……無視しないでよ。」
急に手に温もりが伝わってきて、俺は無視を突き通せなくなった。路地裏で生活しているような孤児は、風呂にも入れない上ゴミを漁って生きているのがほとんどだ。そんな臭くて汚いような存在に、好んで触れたがる者なんて見たことがなかった。
顔を上げると、目を焼くほどの、眩く瞬く白い光の下で屈託なく笑う男がいた。
「あ、やっと目ぇ合った!」
何が楽しいのか、ケラケラ笑いながらさらに距離を詰めてくる。路地裏では嗅いだことのないような、清潔で清廉な石鹸の匂いがした。
「君、ずっとここにいるの?」
諦めて小さく頷くと、彼は少しだけ目を見開いてまた笑った。
「こんなとこで過ごしてたら病気なっちゃうよ。……ね、僕んちおいでよ。ね?」
いつか見た子犬のように、こてりと首を傾げて言う彼の顔は純粋そのものだった。汚れも、身分も、見た目さえ厭わない。もしも神か、あるいは天使がいるのなら、それはきっと彼の形をしている。そう思うほどの純粋だった。
俺達には縁のない、高い高層建築に切り取られた長方形の夜空の下。路地裏の空気は相変わらず澱んで、死んだ仲間の死臭と鼠の駆ける音に支配されている。しかし、そこに彼がいる。全てを照らし出しているのに、なぜかその全てを綺麗に見せてしまうような純白の月光を背負って、そこに立っている。
月の光に縁取られた彼の姿を腐った網膜に焼き付けながら、俺は初めて、煌びやかで絢爛で、暗所に慣れ堕落した目には眩しすぎるほどの光を讃えた街を見た。
テーマ:君を照らす月
11/17/2025, 8:01:09 AM