せつか

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気がつけば、向かい合わせの個室車両に乗っていた。
車窓から見えるのは背の高い草が茂る緑の海。
向かいの席では男が片肘をついて本を読んでいる。
状況が分からず男をじっと睨んでいると、視線を感じたのか本に落としていた視線を不意に上げてきた。

「·····」
朝の光に薄紫の瞳が輝いている。
男は読みかけの本を閉じると口元に淡い笑みを浮かべて言った。
「私もいつの間にか乗っていたんだ」
こちらの心を読み取ったかのようだ。
「どこに行くのか分からない。現実か夢かも分からない。ただ、途中下車は出来ないみたいだ」
男は言って、視線を窓へと転じる。
「――」
さっきまで草原だった景色が、砂漠になっていた。
砂の海の向こうに微かに遺跡のようなものが見える。
現実には有り得ない景色の変化。
だが夢とは思えなかった。
リズミカルな振動も、車輪が鉄路を踏む音も、窓から入り込む風も、確かに感じられる。目の前で微笑む男の、忌々しいまでの存在も。
「あぁ、〝湖〟だ」
懐かしむように男の眼差しが一層やわらぐ。
「·····君と私で、何かを見つけろという事なのかな」
男の言葉につられて視線を追うと、曇り空の下に白亜の城が見えてきた。
「·····」
草原、砂漠。湖に、白亜の城。
現実ではない。だが夢とも思えない。
互いの記憶の中にある景色の中を、列車はひた走る。

「長い旅になりそうだね」
男の声には、微かな喜びが滲んでいた。


END


「列車に乗って」

2/29/2024, 4:02:43 PM