詩歌 凪

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 1つだけ

 バシュッ、という音がした。次いで、びしゃっという水音。
「……っつう……」
 彼女は小さく呻いた。左腕が千切れ、手の届かないところに飛んで行った。
 もうこれを抱える腕もない。
 彼女の目や、鼻や、唇はもうなかった。地獄の業火は彼女の身体のあらゆる部位を溶かしてしまったのだ。そして今、辛うじて残っていた左腕もなくなった。
 それでも地獄の火は彼女を端から燃やしていく。これは、神へ逆らった罪。純白の羽を切り取られ天使の名を失っても、決して圧倒的な美や知や力に屈しなかった罪。そしてその罰。 
 たったひとつを守り抜くために、彼女は翼も、称号も、身体も、全てを喪った。
 けれど、これさえあれば構わない。
 わたしという存在が消えて無くなっても、それでもいい。罪悪の裁きは受けよう。
「わたしは……すべてなくしても、それでも、いい……。あなたより、だいじなものが、……なににも、かえられない、ものが、あるから……」
 かつては彼女を愛し、そして今彼女を業火に包む神へ、彼女は囁く。
 孤独な神へ、……彼女が一時愛した、ひとりぼっちの神へ、彼女は復讐の楔を打ち込む。
 全てを焼かれ、失くして、最後に残った紅く熱く脈打つ心臓。これだけだ。彼女が手足と顔と、全てを失っても守りたかったものは。

4/3/2024, 3:20:04 PM