ありがとう、ごめんね
『好きです。付き合ってください』
目の前の告白が、少女はどこか他人事のように感じていた。
緊張感が漂う。声を発するのも憚られる静かに吹奏楽部の楽器の音が遠くで鳴っていた。
向かいに立った同じ制服を着た少年。
彼とは委員会が同じで話すようになり、委員会外でも見かければ声をかけるくらいには仲が良かった。
『ありがとう。でも、ごめんなさい』
少女はもうテンプレートになった言葉を繰り返す。
明るく、軽く、笑顔で。
『…そっか。』
少年は落胆を隠すように、息を吐いた。
『理由聞いてもいい?』
好きな相手の告白を断る理由を知りたいと思うのは普通の流れだろう。
好きな人がいる。今は部活に集中したい。恋愛に興味がない。
少女の頭の中にありきたりな言葉が浮かぶ。
今までもこの常套句を使う度に、少女は胸が痛んでいた。
告白の返事をするより、断る理由を話すことの方が少女にとっては心苦しい。
適当にあしらってしまえばいいもの、少女は自分の気持ちに嘘をつくのが嫌だったから。
本当の理由を、少女は誰にも話したことがない。
彼女のトップシークレット。
『好きな人がいるとか?』
沈黙をする少女に少年が問う。
『うん…またそんな感じ』
努めて、明るく、軽くだ。
『そっか…。よかったらこれからも友達として仲良くしてくれると嬉しい』
少年がさっぱりした人で良かった。
深く追及されないまま会話を締められる。
『うん、こちらこそ。ありがとね』
いつの間にか吹奏楽の演奏は終わっていた。
12/9/2022, 10:36:27 AM