トンネルを抜けたら、世界が滅んでいた。
……そこは確かに、いわくつきのトンネルだった。
彼女に、山の上の廃墟に近いような展望台に連れて行って欲しいと言われた。
アクティブな彼女は最近、廃墟巡りにはまっていたらしい。
インドア派の僕はもちろん御免で一度は断ったのだが、『最後になるだろうから』と言われ渋々車を出した。
会うのは一ヶ月半ぶりぐらいか。
互いに忙しく、日々挨拶程度のメッセージを交わすぐらいだったから、行きは近況を報告しあったりと話題は尽きず、それなりに楽しかった。
封鎖された展望台をぐるりと見回り、彼女ははしゃぎながら一眼レフで写真を撮りまくっていた。
何が楽しいのか、さっぱりわからない。
僕は車で音楽を聞いていた。
手持ち無沙汰で、電子タバコに火をつけた。
「やっぱり、やめられないんだね」
彼女の尖った目が、そう語っていた。
彼女だけの趣味に付き合っているのだ。
近くで吸っているわけでもあるまいし、これぐらい許されてもいいのではないだろうか。
口角が下がるのが自分でもわかる。
「まだ、いるの?」
「——ううん。もういいよ、帰ろうか」
帰り道は、車内の空気が重かった。
何もかも面倒くさくなってきて、つい。
早道にはなるが、あまりよくない噂がある、いわくつきのトンネルを抜けることにしたのだ。
それが、まさか。
トンネルを抜けた先の道路が、嫌に荒れていた。
うねる道端の崖の下に広がる街並みが——瓦礫の山と化していた。
「な、何これ? どういうこと……?」
さすがに彼女も呆然として、周囲と僕とを交互に見やる。
見られても僕にもさっぱり意味がわからない。
「幽霊だかを見て、神隠しまがいの目に遭うような話は、聞いたことがあったけど……」
「神隠しっていうか、未来に飛ばされちゃったんじゃ……!?」
「そうかも——?」
「そうかも、じゃないわよ!!」
どうしてそんな訳のわからないトンネルをくぐる道を選んだのよ、行きは使わなかったわよね!? と、彼女が怒鳴りつけてきた。
「わ、悪かったよ——早く、帰りたくなって」
車に戻り、彼女も呼ぶ。
「もう一度戻れば、何とかなるかも」
彼女は無言だった。
トンネルを何度も往復してみたが、結果は変わることがなかった。
「ガソリンの無駄よ。麓に向かって」
すっかり日は落ちて、暗い中をのろのろと進んだ。
麓にあったはずの街並みは、もうだいぶ前に滅んだとしか思えないような様相を呈している。
「……ごめん」
「あなたのせいじゃ、ないわよ」
助手席で窓の方を向いて縮こまる彼女の声は、無機質だった。
朝日が見えて、彼女は伸びをしながら車から降りると、自分の荷物をまとめ始めた。
「何してるの?」
「ここにいても仕方ないでしょ。とりあえず、私は家の方へ行ってみるわ。
あなたは、どうするの?」
うーん、と首をひねった。
「わからない——少し、考えてみるよ」
「……そう」
彼女は小さく笑った。
「そういうところ、結構好きだったの——思い出したわ」
「……過去形だね」
「過去形よ」
ふふっと笑いながら、彼女が手を差し出してきた。
その手を、握る。
「サヨナラ」
「……うん」
歩き出す彼女の背中を、ただ見送る。
歩きにくそうに、けれどつまずきもせず歩いて行く彼女の後ろ姿を見つめ。
僕は電子タバコに火をつけた。
振り返らない、その姿が——結構好きだったんだなぁと、そんな思いが。
紫煙とともに空に消えていった。
6/8/2024, 9:12:45 AM