一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・失踪事件について

 本社1階のトイレの洗面台で私は髪を梳かしていた。他には誰もおらず、私一人だ。
 洗面スペースは、大きな鏡が向かい合い空間を広く見せている。同時に、どこまでも続く鏡の世界に、自分がサンドイッチされてしまいそうな落ち着かない気分を覚えた。
 ふと、後輩の言葉が脳裏をよぎった。
「本社1階のトイレ、合わせ鏡で怖くないですか?」
 そう言えば、子ども頃に噂話で12枚目の鏡に何か映るとか、引っ張られるとかあったなぁ。怖いもの見たさで手鏡を合せてやってみたけど、自分の顔と対面するばかりで、肝心の合わせ鏡の部分は見ようにも上手く見えなくて……あれ? 今、合わせ鏡の奥の方、何か見え―――

―カラン
 本社1階のトイレに櫛が落ちた。持ち主の姿はどこにもない。
 大きな向かい合う2枚の鏡が、お互いを反転しながら映し合う。鏡の虚空が繰り返される。
 その隙間に何か見えたなら、おいでくだちい。いらっしゃいませ。

テーマ; 鏡

8/18/2024, 3:00:32 PM