南葉ろく

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 やあ。いい夜だ。オレが誰か、だって? オレはそうだな、まあ、定義上「悪魔」ということにでもしておこう。ちょいとばかりオレと話でもどうだい? どうにも退屈で仕方ないんだ。退屈はよくない。退屈は人を殺す。人じゃなく悪魔だろうって? はは、つまらない揚げ足取りだ。楽しく行こうぜ?
 オマエはさ、心って何だと思う? そう、心。悪魔らしい質問だろ? 教えてくれよ、オマエの思う心を。
 ……フムフム、体を動かすための動力。これはまたつまらない返答だな! いやいや、馬鹿にしちゃあいないさ。実に人間らしいよ。ウン。
 まあ間違ってはいないのかもな。動力。動力は大切だ。ただまあ、齟齬があるとするならば。心は別に、大切ではないかもな。なんで? って顔だ。オマエは丁寧に育成されたんだな。そういう顔だ。
 たとえばさ。オマエは今此処に生きているわけだ。でもそれは、本当にそうなのか? ……はは、意味不明って顔だ。オマエは本当に顔に出る性格だな。そういうやつは、大好きだ。考えてみろよ。オマエが生きている証明はどうする。今、心臓が動いているから生きている? それはオマエがそうだと認識しているからに過ぎないだろう。その認識は本当に正しいのか? オマエは、正しくオマエか?
 ……そう不安そうな顔をするなよ。オレの言うことを真に受けるもんじゃないぜ? なんせ、オレだって存在しているのかどうかも怪しいもんさ。オレがオマエの見る幻覚ではない、なんてこと、オレにもオマエにも証明できはしないのさ。なあ、そんなもんだぜ。深く考えるなよ。
 オレもオマエも、存在するのかも怪しいモノ同士。楽しくやろうぜ。悪魔も人間も。すべては区別するための記号なのさ。名前にも形にも意味は無い。オマエのその心だって、オマエという記号のひとつでしかないんだ。そのオマエですらあやふやだ。悩んだもん負けだ。だから、ほら。退屈しのぎは多いほどいいんだ。オマエもこっちに来いよ。




 目が覚める。……ああ、寝ていたようだ。夢を見た。悪魔が囁きかける、そんな夢。
 ゆっくり体を起こす。辺りを見渡し、そして、心に一抹の不安。……これは現実だろうか。それとも、ユメ? そもそも夢と現実を認識しているこの自我は。
 悪魔の笑い声が、どこからか聞こえた気がした。




テーマ「形の無いもの」

9/25/2024, 5:37:00 AM