八木

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男はひとり屋上に立っている。
彼は何もかもにうんざりしていた。
日々退屈でしょうがない。
もういっそ、終わらせてやろう。
どうせ、俺ひとり居なくなったところで誰も困りやしないのだ。

一度終わりを考えると、なぜもっとはやくそうしなかったのかと疑問を覚えた。なんだ、簡単なことじゃないか。
目の前のフェンスをつかみ、つまさきを穴にひっかけてよじ登ってみた。
視界が少し高くなった。他人事のように真っ青な空がそのぶん近くなった。
息をすいこんだ。気持ちは落ち着いている。ためらいや迷いも特になかった。これ以外に正解はないように思えた。
男はするするとフェンスをのぼり、とうとういちばん上に腰掛けた。目をつむって、両手を離す。視界がゆっくりと傾いていく。
さよなら、せいせいするよ。

ごうごうと空気の流れる音を聞きながら落ちていく。男はつむっていた目をあけた。一瞬だと思っていたのに、意外と長い。
視界は普段エレベーターでみる景色の逆再生だ。窓からみえるすべての人間が、こちらを気にもとめずに一心不乱に机にむかっている。
ざまあみろ、俺は一足先におさらばだ。
そろそろ地面に到着か…案外あっさりだな、男が再び目を閉じるその一瞬、窓際にいた女と目があった。女はぽかんとこちらを見ている。
あ、俺のことをみている。
誰にもみられず終わるものだと思っていたのに。
でも、けっこう悪くないな。
男は不思議な満足感を得て、そのままもう目を開くことはなかった。

6/18/2024, 1:24:38 PM