結城斗永

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 ※ちょうどいいお題だったので、前回『Red, Green, Blue』(2025.9.10)というお題に投稿したお話の続きを書きます。
【前回のあらすじ】
 仮想空間に生きるNPCのセイナとマドカ。
 世界の終焉が迫る中、川でノアの方舟の「優先搭乗券」を拾う。希望を胸に船着場を目指す二人を待ち受けるものは……。

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 私とマドカは、『世界の端』にあるというノアの方舟の船着き場を目指して、崩れ行く月の下を走っていた。
 村の外れに差し掛かったころ、私の前を走るマドカが、前を向いたまま口を開く。
「世界の端って、どのくらい遠いんだろう?」
「分からない。でもプレイヤーの話では、この世界が広いのは確か……」
「プレイヤーはいいわよね。ワープとかできちゃうんだから。結局、『運営』にとって私たちNPCって……」
 その時、マドカが突然何かにぶつかるように動きを止めた。私は慣性の法則に従って彼女の背中に跳ね返りながら、地面に尻もちをつく。
「マドカ、突然どうしたの?」
 私の視線の先で、マドカは見えない壁に手を添えながら、不穏な表情を浮かべる。
「見えない壁ってやつね。はぁ、NPCって本当にただの素材なんだ……」
 そう言うマドカの声には悔しさが滲んでいた。

 私たちはひとまず村の広場で体勢を立て直す。
 手元にある搭乗券を改めて調べると、搭乗券の裏面には何者かのプレイヤーIDが記されていた。
「これって、もしかしてこの搭乗券の持ち主?」
 マドカが文字を指でなぞりながら言う。
「このID、どこかで見たことある……」
 数日前にこの村で見かけたプレイヤーが、確かそのIDを使っていた。記憶が鮮明だったのは、彼の装備が滅多にお目にかかれない重課金アイテムばかりだったからだ。
 私は一つの仮説にたどり着く。
「もしかして、この搭乗券って――【クジラ】の落とし物なのかも」
 私の言葉に、マドカの目の色が変わった。

 【クジラ】というのは、いわゆる重課金プレイヤーのことである。この世界ではより多くの『課金』をしたものが影響力を持ち、『運営』からも大きな優遇を受けていた。中課金層の【マグロ】はまだしも、低課金層の【イワシ】や無課金の【オキアミ】は言い得て【クジラ】の餌となっていた。

「これが本当に【クジラ】の搭乗券ならある意味チャンスよ」
 私がそう告げたのは、彼らと運営のつながりに何らかの期待を感じてのことだった。
「何なら、私は玉の輿でも狙っちゃおうかな」
 マドカが彼女らしく冗談めかして言う。言い方は悪いが、彼女には少しお金にがめついところがあった。
「まだこの村にいればいいんだけど……」
 私は広場を見渡す。ほとんどのプレイヤーはノアの方舟に向けて出発しており、その場にはほぼNPCしか残っていなかった。
 ふと、私の視線は、広場の真ん中で祈るように天を見上げるひとりのプレイヤーに引き寄せられていた。

 私はどうしても彼女のことが気になり、気がつくと声をかけていた。
「……どうされたんですか?」
 彼女は振り向きざまに一瞬怪訝そうな表情を浮かべる。NPCから突然話しかけられたのだ。無理はない。
「娘を――探しているんです」彼女は天に視線を戻しながらぼそりと呟く。「この世界のどこかで、あの同じ月を見ているはずなんです」
「私たちもお手伝いしましょうか?」
 マドカがふと脇から顔をのぞかせる。彼女にしては珍しい発言だった。
「本当ですか、ありがとうございます!」
 女性が、天に向けて組んでいた両手をそのまま私たちに向けた。その表情は先ほどより明るかった。
 ふと、マドカの顔が私の耳元に近づく。
(……もしかしたら例の【クジラ】の情報も手に入るかもしれないでしょ。一石二鳥よ)
 マドカはそう囁くと、ニコッと軽い笑みを浮かべる。
「私はユミといいます。娘の名前はホヅミ――」
 女性が涙をぬぐいながら名前を告げる。
「きっと見つかりますよ」
 自分の口から出たあまりにも楽観的過ぎる励ましに、若干の罪悪感を感じながらも、私は不思議とユミを助けることへの使命感を感じていた。

#君と見上げる月

9/14/2025, 12:14:26 PM