黒山 治郎

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学生時代に知人から渡された一冊の小説
その知人は所謂、変わり者だった。

私の名前を本名では絶対に呼ばず
本名に含まれる漢字一文字で呼んだり
どれだけ友人達と話が盛り上がっても
誰一人に対しても敬語を抜けず
何処で知ったかも分からない
不思議な知識を持っていたりした。

そんな不思議な知人から
休憩時間に不意に呼び止められ
はいと手渡された小説が
乙一先生の「夏と花火と私の死体」だ。

きっとあなたなら気にいると思います
それだけ言って、手元に残された本
学生時代は活字が苦手で返したかったが
どうしても中が気になってしまった。

帰宅後は直ぐに本を開き文字に目を通す
ぺら…ぺら…ぺら、ぺらぺら
最初の活字は目が疲れる…といった
感想は読み終わると消え失せていた。

幼い子供二人、否…三人の冒険譚だと
そう語るには随分と禍々しい内容で
ホラーミステリーにしたって
こんな表現の仕方は初めてだった。

短篇小説だった事もあり
一晩で読み終わってしまい
翌日の校内で彼に返そうと声をかけたが
気に入って下さったなら差し上げます
私も好きな作品が布教出来て嬉しいので
そう言って彼は朗らかに笑っていた。

その本は今も本棚にあり
時々、内容を懐かしみ読み返している
件の彼とも、偶に連絡を取っている
だが…あだ名呼び、誰に対しても敬語
使い所に困る雑学の披露、好きな小説

私はあの出来事を感謝こそすれ
恐らくは同類として、彼を友人だとは
これからも呼ばずに知人と呼ぶだろう。

       ー 好きな本 ー

6/15/2024, 4:01:52 PM