夕月西 世朱

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 宇宙船の窓から青い海が見える。
 僕は宇宙を旅した。十年間も。
 そして帰ってきた。地球に。
 涙がとめどなくこぼれ落ちた。
 もうナツはいない。

 僕とナツは同い年。僕らは宇宙探査クルー候補生として、センターで育てられ、訓練された。気弱な僕とお転婆なナツ。でも、不思議と気が合った。
 消灯時間が過ぎた後、僕らはこっそり部屋を抜け出し、食堂テラスの大きな窓越しに、何時間も星空を眺めていた。
 「火星の青い夕焼け、木星の青いオーロラ、海王星の青い大気。全部、全部、全部見たいの!」
 ナツの青い瞳に星が映っていた。僕はその瞳をずっと見ていたかった。
 千人の候補生のうち、クルーになれるのはたった十人。その難関を突破し、ナツは十七歳でクルーに選ばれた。
 「ねぇ!私、宇宙に行けるの!」
 旅立つ直前、ナツは倒れた。ナツは不治の病に罹り、余命一年と宣告された。
 代わりに僕が選ばれた。ナツの推薦だった。
 「私の代わりに宇宙へ行って。」
 僕は何日も悩んだ。
 宇宙に旅立てば、戻れるのは十年後。
 残された一年をナツと大切に生きていきたい。
 でも…。
 僕は旅立つことを選んだ。
 ナツの夢を叶えるため。
 火星の青い夕焼け、木星の青いオーロラ、海王星の青い大気。ナツが見たかった全てのものを目に焼き付けて、僕は帰ってきた。

 宇宙船は無事着陸した。
 地上に降りた僕の目に飛び込んできたのは、車椅子に乗った少女だった。
 まさか。
 僕は目を凝らした。
 ナツだ!
 長い宇宙生活で弱り切った足。僕は何度も転びながら、ナツの元に駆け寄った。
 「お帰りなさい。」
 微笑むナツは十七歳のままだった。
 「ビックリした?私も帰ってきたばかりなの。」
 混乱する僕を落ち着かせるようにナツは言った。
 「あなたが宇宙に行ってすぐ、私、ウラシマ効果の実証実験に参加したの。光の速さで飛べば本当に時間が止まるのか。で、一人用の小さな宇宙船に乗って、光の速さで地球の周りを十年間も飛び続けたの。実験は大成功。私は十七歳のまま。あなたは二十七歳になったというわけ。」
 ナツの目から大粒の涙が溢れ出た。
 「ねぇ…私…一人で旅したのよ…十光年も…もう一度…会いたかったから…どうしても伝えたかったから…」
 ナツの青い瞳に僕が映っていた。
 僕はナツの瞳を覗きこんだ。
 「僕も…僕も…どうしても…伝えたいことが…」
 僕とナツは涙でぐしゃぐしゃになりながら精一杯の笑顔を作り、声を合わせた。
 「一緒にいたい…ずっと。」

2/12/2024, 3:46:13 PM