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早く……早く……ハァハァ 
急ぐんだ……
ペダルを漕ぐふくらはぎがこれ以上ない程固くなり、自分では制御できないほど乳酸が溜まっていくのがわかる。
体を自転車ごと投げ出して、冷たいアスファルトの上に寝転がり全身の乳酸を開放したいくらい体は限界を迎えていた。
でも……
ダメ!
私の名前を呼ぶあの人が待っている。
毎日こんな私をいつもの場所、いつもの時間に待っていてくれるあの人をがっかりさせる事なんてできない。
だから限界を迎えようとも乳酸もろ共突破するんだ。
走れ漕げペダルを回して心を燃やせ!
私は髪を振り乱し一心不乱に自転車を漕いだ。


「…さん、…さん」


遠のく意識の中あの人の呼ぶ声がした。


ガラッ
勢いよく戸を開け第一声をあげる。


「は、はいいぃぃぃ!!」



「はい遅刻」
「……」
「名前を呼ばれる前に席に着いてなさいって何回もいってるでしょう?」
「すみません……あの」
「何」
「向かい風が強すぎて……ペダルが漕げませんでした」


───風に身をまかせ

5/14/2023, 4:04:36 PM