【言葉にできない】
君との関係性を、果たしてどんな言葉で表せば良いのだろう。恋人と呼ぶには互いに執着も情動も足りないし、友人と呼ぶにはあまりに距離が近すぎる。
「それ、そんなに大切なこと?」
大真面目な僕の問いかけに、熟読していた新聞から目を上げて、君は呆れたように軽く笑った。
もう十何年もの長い付き合いだ。別のコミュニティに属している時期も、お互いに恋人がいたことも当然あった。だけど何故だか、気がつけば互いの隣に戻ってきてしまう、そんな不可思議な関係性だった。
趣味も性格も全く違うのに、君の隣が一番気楽だ。素の自分を無遠慮にさらけ出しても構わない、世界で最も息がしやすい場所。
「言葉で表現できる関係が、全てじゃないでしょ。今のままでお互い満足なんだから、それで良いんじゃない?」
あっけらかんと言い放ち、君は再び新聞へと目を落とす。うん、そうだね。小さく頷いて、僕も手元のスマホの画面へと視線を戻した。再生ボタンを押せば、片耳にだけはめたイヤホンから、可憐な恋心を歌う流行りのポップスが流れ始める。
好きだとか、恋してるだとか、そうやって定義づけた瞬間にきっと、僕たちの今の関係は壊れてしまう。この居心地の良い距離には、二度と戻れなくなってしまう。そんな予感があった。
すぐ隣の君の温もりを全身に感じながら、僕はそっと瞳を閉じた。
――こうしてずっと永遠に、言葉にできない曖昧な関係性のまま、僕たちは隣り合わせに生きていく。
4/11/2023, 11:56:07 AM