【踊りませんか?】
シャンデリアのキラキラとした明かりに、テーブルへと並べられた豪勢な料理の数々。オーケストラの奏でる音楽が荘厳に鳴り響き、華やかに着飾った人々が思い思いにダンスを楽しんでいる。あまりの場違いさに、ホールの片隅で思わず息を吐いた。
そもそも僕は市井の育ちだ。それがいきなり侯爵の隠し子だなんて言われてあれよあれよと貴族の屋敷に招き入れられただけでもキャパオーバー気味なのに、こんな上流階級の社交の場に連れてこられたらもうどうにもならない。せめて粗相のないようにと気配を殺す以外の選択肢はなかった。
「ダンスはお嫌い?」
涼やかな声が耳朶を打った。話しかけられている対象が僕だと気がつくのに一拍遅れて、慌てて声の主へと視線を向ける。不自然に空いてしまった間に怒る様子もなくニコニコと微笑んでいる可憐な少女が、そこには立っていた。
「あ、いえ。そういうわけでは……」
一応最低限のダンスは仕込まれている。相手に恥をかかせない程度には踊れるはずだ。と、彼女は優雅に一礼をして僕へと手を差し出した。
「それでは私と一曲、踊りませんか? 私、貴方とお話ししてみたかったの」
ダンスの誘いは男性からするものと習ったけれど、意外とそういうものではないのだろうか。断るのも失礼な話なので、僕は彼女の誘いに小さく頷いた。
「僕でよろしければ喜んで」
手を取り合って、次の曲の始まりを待つ。ほんの少しだけ周囲の騒めきを耳がとらえたような気もしたけれど、彼女が朗らかに話しかけてくるものだから、そんな些細な事実は意識の外へと外れてしまった。
――まさか「私と踊りませんか」なんて気軽に他人を誘ってきて、会話を重ねるうちにすっかりと意気投合した少女が、王位継承権第一位の王女殿下だったなんて気がつけるはずがないじゃないか!
10/4/2023, 9:56:26 PM