薄墨

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植物が、絡みつく。
ああ、僕もここまでか。
春が爆発したように、花が咲き乱れている。

街のあちらこちらに、爆発したように春の花が咲き誇っている。
崩れかけたビルには、太い蔦が絡まり、
人だったものには、細い蔓性の植物が纏わりついて養分を吸い尽くしている。

春爛漫の花々が咲き乱れている。
ただ、春爛漫の、花々だけが咲き乱れている。
人影も動物の姿もない。
ただ、植物だけが、この街では春を迎えている。

この街が、植物に侵略されて、一年が経つという。
僕は、そんな街に生まれた、最後の記録ロボットだった。

博士は、生まれたばかりの僕に言った。
「この、植物に滅ぼされゆく廃墟を、可能な限り最後まで写し続けてくれ」と。
博士は、廃墟が好きだった。

その博士も、今では葛に締め付けられ、菜の花の群団に覆われて、鮮やかな花を咲き誇っている。

僕が生まれたのは秋頃だった。
その頃は、人間や動物や建物を侵略し、絡みついた植物たちは、みなすずなりに実をつけて、鮮やかでシックな葉の色を誇っていた。

それが冬ごろに落ちて、その時のこの街の有り様は全く寂しいものだった。
華やかな飾りを脱いだ質素な植物たちの、骨と肋だけの枯れた胴体から、栄養をあらかた植物に吸われ、虚ろになった動物や人間や建物たちの骸がのぞいていた。
あの時の物悲しさといったらなかった。
ものも言わない、でも秋頃には隆盛を誇り、鮮やかに騒がしかった侵略者の植物たちすら沈黙していた、あの冬は、まさしく、死の街のようだった。

秋頃には、僕に蔓や蔦を伸ばして、取り込もうとしていたあの植物たちも、茶色や灰色の棒切れとなって、沈黙していた。

あまりに酷たらしく静かな冬に、あの日の僕は思った。
本当に植物たちは生きているのだろうか。
このままこの街は、植物すらいない、無言の死の街になってしまうのではないか。

しかし、それは杞憂だったようだ。
現に、暖かくなった春のこの日、植物たちはまるで爆発したかのように、黄緑の葉を伸ばし、鮮やかなパステルカラーで着飾って、華やかに春爛漫を体現している。

そして、僕の体や機構にも、新鮮で鮮やかな植物が、ゆっくり、ゆっくり、着実に、絡みついている。

街は春爛漫を迎えている。
春が爆発したように、花が咲き乱れている。
植物だけが、ほのかな春の木漏れ日を浴びて、春爛漫を謳歌している。

静かな、静かな春が、この街には満ちている。
そして、僕すらも取り込もうとしている。

春爛漫が満ちている。
くすぐったい異物感を伴って、植物が、僕の体に生えていく。
僕ももうすぐ、春爛漫になる。
春爛漫に取り込まれる。呑み込まれる。

春が爆発したように、春爛漫がただ、ただ、春風に、柔らかく、そよいでいる。

3/28/2025, 1:44:10 AM