猫背の犬

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とにかく必死に走った。なにから逃げているのかわからなかったけど、とにかく逃げなければならないという強迫観念に背中を強く押され続けて、遠いところまで来てしまった。上手く逃げれたというのは束の間の安堵で、もう走れないからそうであってほしいという願望に過ぎない。ふと背筋に走る悪寒。追いかけてきていた何かがすぐ側まで来ているようだ。逃げ切れたと勘違いし、浮かれいる俺へと着実に距離を詰めてきていた得体の知らないもの。
もう一度振り向けば、きっと終わる。もう一度振り向けば、二度と前を向くことはできない。もう一度振り向けば、世界は暗転する。諦めて暗闇に飲まれてしまうのか、ここからまた走り出すのか、そのどちらも選ぶことが俺には許されている。さあ、どうする。選択肢はたったふたつだけ。然程難しいことじゃない。そうは言っても流暢にしている暇はない。
眼前にある光を網膜に焼き付けて誰にもわからないように口角を上げる。些細なことだ。とても些細なこと。だけど、その些細なことで自信は育つ。
解けかけていた靴紐をきつく結び直せば、緩やかに流れていた情景は時の流れのように早まっていく。走って、走って、走る。アスファルトを蹴り上げるたびに足の裏から身体中に伝っていく振動は、生きていることを強く実感できる。この感覚を決して忘れてはいけない。この感覚を決して手放してはいけない。大丈夫。きっと大丈夫。まだ進むことはできる。まだ間に合う。前だけを向いて、このまま走り続けるんだ。

5/30/2023, 1:35:39 PM