ー無色の世界ー
私には、
喜怒哀楽の喜と楽が分からない。
いつからか感じないのだ。
誕生日とかに友達にプレゼントをもらった時も
反射的に
「どんな風に反応したらいいのか。」と
考えてしまう。
結局
ありがとうと言いつつも
多分顔が引き攣っていただろう、
わざとらしかっただろう、と
自分でも分かってしまう。
そして、大体
その次の年にはプレゼントをくれなくなるのだ。
悲しみ、とかいうマイナスの感情だけはあるから
泣くことはできる。
でもその涙は
笑顔に変わってくれない。
これじゃ何の意味もない反省だと思う。
私は
「みんなと一緒に楽しむ」ということが
すごく苦手だった。
でも、空気を読むことはできたから
友達とかクラス全体とか部活とかで
集まるよって時はよく行った。
でも、それはみんなの言う「遊びに行く」ためじゃない
ただの「付き合い」。処世術だった。
楽しんでるふりくらいはできるし
友達の言うことに笑うことだってできる。
プレゼントを渡される時とは違って
そこまで反応を期待されていないからだ。
でも、
ホントは楽しくないのだ。
家族はこんな私に
冷たいとか変とか言った。
私は本当に喜楽が無いのか。
これがやりたい、と言ったことを
親はあんたにはどうせできないと言って辞めさせた。
自分がこれが欲しい、と思って買ってきたものを
親はこんなものを買ってとその後もずっと
馬鹿にするようになった。
これが好きだって言ったものを
同級生に馬鹿にされた。
自分自身を
同級生に馬鹿にされた。
多分こういうものの積み重ねで
自分の感情を表すのが怖くなったのだと思う。
こういうことって
繊細な人にはよくあることなんだと思う。
大人になって、
私は
塾の講師をし始めた。
コミュニケーションは苦手だったが
仕事って割り切ると全然苦でも無く、
むしろ楽しかったのだ、楽しかったのだ、
仕事が出来れば良い、
「楽しまなくていい空間。」
この無色の世界が楽しかったのだ。
4/19/2026, 7:26:07 AM